第21話 記憶にない

 木の上から見下ろす黒装束の女に対し、サイオンはゆっくりと勇者の剣を構える。


「ふん、やはり、大人しく捕ろうとはしないか。 まあいい、それならば覚悟してもらう 」


 女が地面に降り立ち、音もなくサイオンの方へと歩いてくる。


 その歩き方と隙のなさから、相当な使い手であることが見てとれる。


 先ほど魔物と戦っていた時よりも更に状態が悪化しており、正面から戦うのは難しいと考えたサイオンは苦し紛れに声をあげる。


「て、てめえは何者だ!? なんのためにオレを狙う!? 」


 女の顔は目元以外が全て黒い布に覆われていたが、それでもはっきりとわかるくらいの怒りが黒い布の奥から溢れ出す。


「何者、だと、、、 きさま、あれだけのことをしでかしておいて、何様のつもりだ!! 」


「はあ? もしかして、どっかの街でひっかけた女か? まったく記憶にねーぞ 」


 相手が激昂したのを見たサイオンはここぞとばかりに挑発する。


 怒りにワナワナと震える女を見て、サイオンはニヤリとほくそ笑む。


「おのれ、バカにしているのか。 もう我慢ならん。 ここで終わりにしてやる 」


 女の姿勢が少し前屈みになったかと思うと、その姿が消え、次の瞬間、側面からサイオンの首筋へと黒い刃が伸びる。


(なっ!? 速えっ! )


 サイオンは身をよじって黒い刃をかわすが、女はすぐさま刃を返し、執拗にサイオンの首筋を狙ってくる。


 女の動きが怒りで直線的になったのはよかったが、ここまでの速さはサイオンにとって大きな誤算だった。


「ぐっ、てめえっ! 」


 サイオンは勇者の剣を横なぎに振るうが、女はひらりと身をかわし、二歩三歩と後退する。


 ふとサイオンの首筋に鈍い痛みが走り、あわてて手をやると、手のひらがほんの少し赤く染まる。


「くくっ、終わりだな 」


 女が口元に手をやりながら笑う。


「はっ、かすり傷一つ着けたくらいで何言ってやがる! ニヤニヤしてる間に真っ二つにして、、、」


 そこまで言いかけてサイオンは突然の目眩に襲われ、あわてて勇者の剣で身体を支える。


「てめえ、、毒か。 くそ、こんなもん! 」


 サイオンは勇者のスキルで毒を打ち消しにかかる。


 だが、呪いのせいでスキルが完全には発動せず、サイオンの息はいっそう荒く苦しげになる。


「ほお、この毒で倒れもしないか。 勇者のスキルも大したものだ。 まあ、使い手がこれでは宝の持ち腐れだがな 」


 そう言うと、また女の姿が消え、今度は真後ろからサイオンの首を狙ってくる。


 なんとかかわすサイオンだったが、間をおかずに放たれる2撃目、3撃目を防ぎ切れず、今度は左腕に傷を負う。


 すぐさま反撃するが、やはり女にはサイオンの攻撃が当たらない。


「ふん、そんな大振りな剣がこの私に当たるものか。 おおかたこれまで散々仲間にお膳立てをしてもらって敵を仕留めてきたのだろう。 情けない勇者もいたものだな 」


 女の挑発に今度はサイオンが激昂する。


「黙れ! ヒラヒラかわすだけしかできない能無しがほざいてんじゃねえ! 」


 手足に力が入らず、視界にもモヤがかかっているが、それでもサイオンは勇者のスキルを発動させる。


「ぐっ、があああっーーー! 」


 サイオンが咆哮すると、それに応えるように勇者の剣が輝きを放ち、強大な魔力がうねるようにサイオンの周りで奔流する。


 黒装束の女はごくりと唾を飲み、姿勢を低くする。


「はっはーーー! 臆病者のてめえにこいつを受けられるか!? 」

「くらいやがれ! 『メテオブレイカーーー!!』」


 勇者の剣から光の柱がそびえ立ち、サイオンはそれを黒装束の女に向かって真っ直ぐに振り下ろす。


ズガッーーーン!!


 火薬庫をまるごと爆発させたような凄まじい轟音がひびき、女のいた場所の地面が地割れでも起きたかのように大きく抉られる。


 そこに女の姿はなく、サイオンはニヤリと笑う。


「へっ、跡形もなく消し飛びやがったか、、、がふっ!? 」


 突然、腹部に走る痛みと口から溢れ出す血にサイオンは混乱する。


 目線を下げると腹に小さなナイフが刺さっている。


「な、、、」


 ふと耳元で女の声がする。


「どうだ? 自分の血の味は? 」


 サイオンは勇者の剣を振るおうとするが力が入らず、剣は地面にガランと音を立てて落ちる。


「ぐっ、て、てめえ、、、」


「大した威力だが、当たらなければどうということはない。 残念だったな、臆病者を仕留められなくて 」


 見ると、女の顔を覆っていた布が失くなっており、目鼻立ちのはっきりとした気の強そうな美しい顔が目の前にある。


(こ、こいつは、、、 誰だ? )


 サイオンは記憶を探るが、女の顔は浮かんでこない。


 少しずつ女の声が遠くなり、視界が狭まっていく。



「なんだ、これでも思い出さないのか。 やはり、貴様は過去に人生を狂わせた者達のことなど気にも止めていないのだろうな 」


「まあ、それならそれで構わない。 勇者の最後が名も知らぬ女に刺されたというのもなかなかいい皮肉だ 」


 ズズッ


 勇者の剣を支えに立っていたサイオンの身体がずり落ち、ひれ伏すように地面に横たわる。


 その虚ろな目は、もはや何者をも映してはいない。



 女はサイオンを見下ろしながら、ふうと小さく息をつく。


「思ったより手こずったが、ここまでだな。 さて、衛兵の連中には勇者は人属の領地に向かって既に旅立ったとでも言っておこうか。 犯人探しに巻き込まれても面倒だからな 」


 女はそう言うと倒れて動かないサイオンの頭を蹴飛ばす。


「さあ、面倒だが仕事の続きだ 」




 その日、メキドの城壁にある領主の専用門から2つの真っ黒な袋が運び込まれた。


 女はそれを領主への上納品と言い、大型の荷台を引いて領主の屋敷の方へ消えていった。

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