第20話 呪われた勇者

「くそっ、魔力がうまく練れねえ、、、」


 時は遡り、モレッド達がメキドに到着する数日前、サイオンは街の西側にある森で魔物と戦っていた。


 ザシュッ!


 ガルムベアの群れを殲滅し、サイオンは苦々しい表情で地面に座り込む。



 キングリザードに敗北しメキドの街に逃げ込んだサイオンは回復魔法による治療を受けたが、深手と禁術の反動が重なり丸2日身動きが取れなかった。


 3日目に動けるようになったかと思えば宿に衛兵達が押し掛けてきて、しつこくキングリザードとの戦闘について質問してくるのに嫌気がさし、翌日はリハビリがてらに魔物を狩りにきたのだ。


 先ほど倒したガルムベアはBランクの魔物であり、以前のサイオンならそれこそ100体いようが片手間に殲滅することができていた。


 それが今は10体にも満たない群れを相手に苦戦し、何ヵ所か傷を負っての勝利。


 それもこれも忌々しいエレナの残した呪いのせいだ。


 サイオンは黒い痣がまだらに走る腕を空にかざし、じっとその腕を睨み付ける。


 メキドの魔導士達はこの痣を魔力の流れを狂わせる強力な呪いだと言った。


 勇者の力が呪いの進行を防いでいるが、常人であれば1日ともたずに死に至るとも。


「あのクソ女、とんでもないものを残していきやがって。 死に際まで余計なことしかしやがらねぇ、、、 」


 ゼエゼエと荒くなった息を整えながら、サイオンは口汚くエレナのことを罵る。



 その後もサイオンは狩りを続けるが、まったくと言っていいほど調子は戻らない。


 サイオンは鬱憤を吐き出すかのように、仕留めた魔物の死体を蹴り飛ばしながら「くそがっ! 」と悪態をついている。


ガサッ


「あん? 」


 ふと、人の気配がし、サイオンが振り向くと森の中から黒い修道服を着た集団が現れる。


「勇者サイオン様ですね。 我々は教会本部の調査隊です。 聖女エレナのことで少しお話を伺いたい 」


 (面倒だ )


 サイオンは直感的にそう思ったが、本調子には程遠い今の状態で教会と事を構える方がもっと面倒になると考え、ふてぶてしい態度で口を開く。


「あのクソ女のことか、なんだ? 」 


「街の衛兵から聞くところによると、キングリザードの討伐を言い出したのは聖女であったとのことでしたが、本当でしょうか? 」


「ああ? どういう意味だ? 」


 サイオンは苛立ちを隠さずに問い返す。


「エレナは聡明で優秀な聖女でした。 我々の知る彼女がキングリザードの討伐のような無謀なことを考えるとは思えませんでしてな 」


 サイオンは無表情のまま呪われた腕を突きだし、教会の男を怒鳴り付ける。


「バカか、てめえは!? この腕を見ろ! あのクソ女が強化魔法だと言ってオレ達にかけた魔法だ! 」


 男はサイオンの腕に走る黒い痣を見て、驚愕の表情を浮かべる。


「こ、これは禁呪の、、、 こんなものを使うとは、、、 」


 そして男はサイオンに向かって頭を下げ、謝罪を述べる。


「勇者殿、疑うようなことを言って申し訳ありませんでした。 その、もしご存知ならエレナが逃げた方向を教えてもらえないでしょうか? 」


「ああん? 逃げた方向だと? あの女はすぐに街に向かって逃げたよ、オレが止めるのも聞かずにな。 あの街が無事なのもオレが森の方にキングリザードを誘導したからだ 」


「感謝いたします、勇者殿。 エレナは我々が聖都に連れ帰ります。 ですが、その呪いについては我々では、、、 」


サイオンは吐き捨てるように言い放つ。


「使えねーやつらだな! 連れ帰るも何もあの女はもうキングリザードの腹の中か、そうでなきゃその辺で消し炭にでもなってるだろうよ 」


 教会の男はサイオンに深く頭を下げた後、


「禁呪を使ったとなれば、我々も徹底的に調べねばなりません。 それに、遺体の一部でも見つかればやれることはございますので 」


 そう言って、森の奥へと消えていった。



 サイオンは「ちっ」と舌打ちをすると、街の方へ歩き出す。


 途中、何度か魔物の群れに遭遇したが、幸いAランク以上の魔物に会うことはなく、サイオンは森の入り口近くまでたどり着く。


 すると、森の入り口のあたりで、衛兵達がガチャガチャと音を立てて走り回っている。


「おい、勇者はいたか!?」


「いや、こっちはダメだ。 森の中に入ったんじゃないか?」


「急げ、呪いで弱っているうちに捕らえるぞ! 」


(なんだあ? オレを捕らえるだと。 どういうことだ? )


 サイオンはそっと聞き耳をたてる。


「勇者パーティーめ、キングリザードに襲われた被害者を装っておきながら、実は自分から手を出したとは許しがたい 」


「ああ、ラドームからも罪状が届いたと聞くし、なんとしても捕らえて罪を問わねば 」


 衛兵達は怒りの言葉を口にしながら、サイオンを探している。


(ちっ、面倒くせーことになりやがった、、、 )


 サイオンは再び森へと入り、追手から距離をとる。


 ゼエゼエと荒い息をしながら、森の中を歩いていると、ふいに両腕にズキリと痛みが走る。


「がっ、くっ、、、」 


 腕を見ると先ほどよりも黒い痣が広がり、肘のあたりにまで真っ黒な帯が伸びている。


「ひっ、、、 くそっ、くそが! なんでオレがこんな目にあわなきゃなんねーんだ 」


 また悪態をつきながらサイオンは森の中を進んでいく。



 だが、もはやどこに向かっているかもわからない。


 サイオンは地図など見なかった、そういうものは全てエレナにさせていたから。



 歩き詰めで腹も減ったが食料もない。


 サイオンは食事の用意などしたことがなかった、雑用は全てモレッドにさせていたから。



 ズキズキと痛む腕を引きずりながら、森の中を歩き回るサイオン。


 疲れ果て意識も朦朧としてきた頃、突然、サイオンの足下にナイフが突き刺さる。


 ナイフの飛んできた方を見ると、木の上から黒装束に身を包んだ女がこちらを見下ろしている。


「見つけたぞ、勇者サイオン。 大人しく着いてきてもらおうか。 さもなくば、、、 」


 女はすっと短刀を構える。


 深い森の中、睨み合う2人の間に、ゼエゼエとサイオンの荒い息だけが響く。

 





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