第19話 少女の決意

「最悪の作戦って、、」


「13年前の大討伐作戦です 」


「 この作戦は、キングリザードが街を襲うと言っていた者たちに先導させ、リッツの父親を始めとしたメキドの精鋭部隊によってキングリザードを討伐するというものでした。


 表向きはメキドの総力をあげた一大作戦でしたが、その裏で領主は私兵を温存し、かつ魔王軍にも支援を求めませんでした。


 結果、討伐隊は壊滅し、そのほとんどが命を落としたのです 」



「始めから領主は部隊を全滅させることを狙って討伐作戦を決行したのです。 討伐隊の壊滅後、領主の対応はあらかじめ準備されていたかのように迅速でした。 無謀な討伐作戦を煽ったとして、キングリザードの調査を行っていた者たちを全て処刑し、キングリザードの自由な調査を禁止したのです。


 結果、キングリザードの情報は領主の一部の配下だけの間でやりとりされるようになり、

ごく最近になるまでキングリザードが街に近づかないという話が信じられ、城壁の中の仮初めの平穏が保たれてきたのです 」



「ただ、それは砂上の楼閣だった。 領主には一つ、領民に言っていないことがありました。

 キングリザードは、自身の魔力で作られた結界を素通りできます 」


 ゴクリと唾をのむモレッドを見据えながら、神父は真剣な表情で話を続ける。


「モレッドさん、あと数日もすれば、この街はキングリザードに滅ぼされます。 そうなる前にリッツを連れて街を出てもらえないでしょうか。 あの子を人族の領地に住む、祖母の元に連れていってやってほしいのです 」



「え、いや、そんなことになるなら、トリス神父と他の子供達も一緒に逃げないと、、」



「そこは大丈夫です。これでもいろいろと伝手がありましてね、もしもの時に子供達を逃がす先は確保できています 」


「その、じゃあなんでリッツだけを? 」


「、、、あの子は、魔族と人族のハーフです。魔族領では貴族階級を中心に血の混じりを穢れとする信仰が強く、リッツだけはどうしても安全な逃げ場所を確保できなかったのです。 それに、あの子は母親が持っていた母と祖母の写真を今でも大事に持っています。 周りに気を使って口にはしませんが、郵便屋の仕事を始めたのも、いつか祖母に会いに行きたいと考えてのことだと思っています 」


 モレッドはリッツのカバンに入っていた人族の親子の写真のことを思い出す。


 それはリッツによく似た茶色い髪の女の子が、母親と並んでにっこりと微笑んでいる写真家だった。


 その女の子がリッツの母親だったのだろう。


 隣に写っていた女性もリッツとその母親によく似ており、人族の寿命を考えると、まだどこかで生きていてもおかしくはない。


「そう、なんですか、、、ぼくは、、、」


 押し黙るモレッドにトリス神父は表情を緩ませ、とたんにふざけたような口調に変わる。


「あ、もちろん無理にとは言いません。モレッドさんにもやるべきことがあるでしょうし。

 そうですね、年下のかわいい女の子ともう少し旅を続けてみたくなったらくらいで考えてもらって構いません。 私も、リッツの受け入れ先についてはもうひと足掻きしてみますし、そんなに重く考えなくて大丈夫ですよ 」


 真剣な話をしていたはずの神父の口調が突然砕けたものに変わったことに戸惑うモレッドだったが、神父はすっと立ち上がると、モレッドの腕を引っ張り、ベッドのある部屋へと押し込もうとしてくる。


「え、トリス神父? ちょっと待ってください。まだ聞きたいことがたくさん、、」


「まあまあ、話は明日でもできますし、それによい子はもう眠る時間です 」


 強引に部屋に押し込まれ、おやすみなさいと一言をそえて神父は扉を閉じる。



 そのまま神父はホールに戻り、いつものように明かりを落としながら、椅子の陰に隠れたリッツに話しかける。


「どこから聞いてました? 」


 膨れた顔でリッツが答える。


「最初から全部、、、 あ、でも、私が考え事をしているところにモレッドと神父さまが後から来たんだよ 」


「そうですか、まあ、いずれあなたに話しておかないとと思っていた話なので構いませんよ。 あ、最後の話は、あなたもよく考えてみてくださいね。 では、おやすみなさい 」



 神父がいなくなった後、リッツは月明りの指すホールで、1人もの思いにふける。


 リッツの中には、確かにいつか祖母に会いに行きたいという気持ちがある。


 だが、今はまだ教会の仲間達と生まれ育ったメキドの街を大切に思う気持ちが強い。


 だから、旅立つのは今ではない。


 少なくとも、メキドが滅びてしまうかもしれないこのタイミングでない。


 そうすると、リッツにとって、今したいことが何かがおぼろ気に見えてくる。


「私はこの街を守りたい。 だったら、今すべきことは、、、 」


 しばらく考えた後、リッツは覚悟を決めた顔で部屋へと戻っていく。



 誰もいなくなったホールに月明かりが差し込み、先ほどまでリッツが腰掛けていた場所をほのかに照らしていた。



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 今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

 次回は勇者サイオンのお話です。

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