第29話 救い
カールが衛兵に渡した毒は、禁呪によって作られた強力な呪いの毒だった。
あらゆるものを腐らせて毒そのものに変えてしまう滅びの呪い、領主の私兵達はなんの躊躇もなくそんな猛毒をルージュの母に使った。
赤い鱗が呪いの毒に蝕まれてジュクジュクと音をたてて崩れていく。
それでも母はじっと耐え続けた。
産まれてくる我が子と魔石の中に眠る友を守るために。
領主の私兵達はルージュの母が息絶えるまで休むことなく毒を使い続けた。
途中、様子を見に来たカールが、なんの抵抗もしない魔物を不思議に思い、「これは本当に凶悪な魔物なのか?」と問うたが、彼らは取り合わなかった。
次の日の朝、母がいた場所には、変わり果てた大きな黒い塊が横たわっていた。
黒い塊はもう動かない。
横たわる塊の脇、わずかに開いた隙間を通って領主の私兵達はほこらの奥へと進む。
自らが撒いた猛毒によって、その大半の命を散らせながら。
彼らには必死で止めるカールの声も届かない。
ほこらの奥から戻ってきたのはほんの数人だった。
潜ったものは100近くいたというのに。
彼らは笑っていた。
多くの仲間を失ったというのに。
そして、魔術で編んだ布にくるまれた魔石を大事そうに抱え、領主の私兵たちはメキドの方へ戻っていった。
1人残されたカールは、真っ黒な塊に問いかける、「おまえは本当に凶悪な魔物だったのか?」と。
ほこらの中は静寂に包まれ、時おり黒い塊から毒が流れ出し、コポッと音を立てる。
カールがほこらを後にし、街への旅路についた頃、黒い塊の下から赤黒い小さな生き物が這い出してくる。
彼女の名はルージュ、大地の恵みと呪いの猛毒によって産まれた次なる守り手。
本能で守り手としてやるべきことを理解している彼女はすぐにほこらを出て、魔石を探し始める。
赤黒い鱗に猛毒の混じったブレス、いつしか彼女は人々から恐れられ、キングリザードと呼ばれるようになる。
そして、13年前、領主の命で大討伐作戦が決行され、リッツの父であるカールは命を落とす。
自らが運んだ毒に犯され、まどろむ意識の中、残される妻と子を想いながら。
「殺して殺されて、ほんとうに救いようのない話だ、君もそう思わないかい? 」
話を終えたドリアードは俯くモレッドに抑揚のない声で問いかける。
モレッドが答えられずにいると、リッツが首を横に振る。
「救いならあるよ。 魔石をほこらに戻せば、ドリアードに力が戻ってルージュの毒を取り除けるんでしょう? 」
ドリアードはふうっと息を吐くと、毒気を抜かれたような顔でモレッドの腰をたたく。
「ごめんごめん、ちょっと意地悪な言い方をしたね。 ぼくもさ、千年連れ添った大事な眷属を殺されてちょっと怒りのやり場がなかったんだよ。 まあ、でも、昨日散々話した中でもリッツがこんな感じだから、まあもう過ぎたことはって気になってきてさ、、、 」
ドリアードが斜め上を向きながら両手を広げて見せると、リッツが頬を膨らせて抗議する。
「あ、ドリアード、そんな言い方しないでよ。私だってすごく悩んだんだから! ねえ、そうだよね、ルージュ 」
モレッドが何がなんだかわからないという顔をしていると、リッツがモレッドの方を向いて話し出す。
「モレッド、リッツはね、ルージュと仲直りしたの。 2人とも大事な人が死んでしまってすごく悲しかったけど、ちゃんと話してみたら、リッツのお父さんもルージュも悪くないんだってわかったの。 だから、2人が憎しみ合うことはないんだって 」
「ほんとに悪いのは毒を使った人達。 ルージュもリッツもあの人達のことは許せない。 でもね、ドリアードからその人達はもういないって聞いたの 」
モレッドが「どういうこと?」という顔でドリアードを見る。
「ああ、領主のやつらは逃走中に魔物に襲われてほとんどが命を落としたよ。 東の方へ逃げていた途中で運悪くスタンピードに出くわしたみたいだ。 まあ、因果応報ってやつさ 」
「まあ、そんなわけでさ。憎む相手ももういないし、当事者同士が納得してるなら、これ以上言うこともないかってね 」
そう言うとドリアードは肩をすくめ、両手をひらひらとさせる。
その様子を見たルージュがすっとリッツに頬をすり寄せると、リッツはその頬を優しく撫でる。
昨日までの戦いが嘘のようなその光景を見て、モレッドも今度はにっこり微笑んでルージュに近より鼻先を撫でながる。
「ルージュ、ぼくの方こそごめんね。 ぼくたちも仲直りしよう 」
「さあ、長話になったけど、そろそろ魔石をほこらに戻そうか 」
ドリアードに言われて、モレッドとリッツは魔石を持ってほこらの奥へと進む。
ほこらの奥には領主の庭園の地下によく似た木の枝に覆われた大部屋があった。
だが、こちらは部屋中の木が枯れており、ところどころに焼け焦げた後がある。
「こっちだよ。 ここに魔石を置いてくれるかい? 」
リッツは言われたとおり、ドリアードの差した窪みに魔石を嵌める。
すると、魔石が緑色に光輝き、魔石から部屋中の枝葉へと光が波のように広がっていく。
「これでよし。 モレッドもリッツもよく頑張ってくれたね。 そしたら、悪いんだけど後は2人で街に戻ってくれるかな。 ぼくはしばらくここから動けないから 」
突然、街に帰れと言われて戸惑うモレッドとリッツを見て、ドリアードは慌てて言葉を続ける。
「あー、言葉が足りなかったね。 ぼくはこれからしばらく、壊れた大地のシステムの修復とルージュの解毒にかかりきりになるんだ。 たぶん魔石の外のことにはほとんど干渉できなくなる。 」
「また魔石を奪われちゃ堪らないし、ルージュにはここを守ってもらわなきゃならない。 そうすると、君たちにここにいてもらってもやることがないだろ 」
モレッドとリッツはそれなら確かにと顔を見合わせて頷く。
「だから、しばらくは話が出来ないと思うんだけど、今のうちに聞いておきたいことはあるかい? 」
モレッドはすぐさま質問する。
「エレナとブロムの行方がわかったら教えてほしい。 二人とも無事だといいんだけど、、、 」
「君の仲間たちか、、、」
ドリアードは難しい顔をして話し始めた。
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