第27話 メキドの勇者

「ほんとに久しぶりだね、モレッド。 前に会ったときはぼくよりも背が低かったのに、こんなに大きくなって 」


 緑色の子どもは懐かしむようにモレッドを撫でまわす。


 モレッドは慌ててキングリザードの様子を確認する。



 すると、キングリザードは「クルルッ」と嬉しそうな鳴き声を出し、静かに地面に身体を伏せる。


 先ほどまでの禍々しい魔力も完全に消え去り、その目には先ほどのような殺気はなく、むしろ親を見つけた迷子の子供のような安心感と喜びが溢れている。


 モレッドは戦いが終わったことを理解し、ふうっと息をつく。



「あ、あの、ドリアードさん。 ここからいったいどうすれば、、、 」


 モレッドに纏わりつくのを止めようとしないドリアードに困った顔をしたリッツが問いかけると、正気に戻ったドリアードが話し始めた。


「あ、ごめんごめん。 久しぶりの再会だったから、ちょっと興奮しちゃってさ。 リッツ、その魔石を頭上に掲げて 」 


「こ、こうですか? 」


 リッツが魔石を掲げると、キングリザードが歩き出し、リッツにどんどん近づいてくる。


「え? え? ちょっと、ドリアードさん? これ大丈夫なんですか? 」


「あはは、大丈夫大丈夫。 彼女が魔石を取り返して来てくれた恩人に危害は加えるようなことはないよ 」


 キングリザードはリッツの前まで来て屈み込むと、顔を低く下げ、首の上に乗れという仕草をする。


 驚くリッツだったが、モレッドにくっついたままのドリアードに促され、恐る恐るキングリザードの身体をよじ登る。


 なんとかキングリザードの首に股がり、緊張した顔で周囲を見渡しているリッツにモレッドが呼び掛ける。


「リッツ、魔石を持ってきてくれたんだね。 無事でよかった。 ありがとう! 」


「モレッド、遅くなってごめんね。 腕も身体もすごい怪我、すぐに街に戻ってトリス神父に診てもらおう 」


 心配そうな顔でモレッドを見つめるリッツだったが、キングリザードはリッツを乗せたまま歩き出す。


「え、ちょ、ちょっとどこに行くの? 」


「グルルル 」


「えーっと、ごめん。 なんて言ってるの? 」


 リッツの質問にキングリザードが律儀に返事をするが、当然何を言っているのかわからない。


 あっけにとられるボルドー達を尻目に、キングリザードはリッツを乗せたままズンズンと北の方へと進んでいく。



「モレッド、僕たちも一緒に行こうか。 傷ならぼくが治すから、行きがてら少し話をしよう 」


 ドリアードに促され、モレッドはキングリザードの脇についていく。



「モ、モレッド殿! 」


 リッツを見つけて痛む身体を引きずってきたボルドーがわけがわからないといった表情で、すがるようにモレッドの名前を呼ぶ。



「ボルドーさん、もう大丈夫です。 キングリザードに敵意はありません。 リッツと仕上げをしてきますから、街に戻っていてください 」



 ボルドーは少し考えた後、突然勢いよく頭を下げる。


「承知した! モレッド殿、これまでの大変なご尽力に感謝する! そなたこそ、メキドの勇者だ! 」


「リッツもよく頑張ってくれた。 気をつけてな 」


 そう言うと今度は辺りに散らばっていた衛兵達に大声で指示を出す。


「みな、よく踏ん張ったな、これで作戦は完了だ! 負傷者を連れて街に戻るぞ! 」


 わあっと衛兵達から歓声が上がる。



「うおー、勇者モレッド! 」


「逃げた方の勇者なんかより100倍強かった! 」


「モレッド! モレッド! 」



「リッツ、ものすごいスピードだったな 」


「おかげで誰も死ななかったよ、本当にありがとう 」


 あちこちからモレッドの奮戦とリッツの激走を称える声が上がり、2人は恥ずかしげに手を振ってそれに応える。

 

 その間もキングリザードはズシンズシンと足音を立てながら進み、次第に歓声が遠くなっていく。



「ねえ、ドリアード、今って岩山のほこらに向かってるんだよね? 」


 リッツはキングリザードに乗ってしばらくは緊張で縮こまっていたのだが、少し慣れてきたのか辺りをキョロキョロ見渡しながら尋ねる。


「そうだよ。 少し距離があるから、キングリザードの足でも着くのは明日になると思うんだけど、どうかした? 」


「あ、そのね、よかったらモレッドもキングリザードに乗せてあげられないかな? ドリアードの魔力付与がないと危ないんだったら、それもしてあげてほしい 」


「あっ、確かにそうだね。 そろそろスピードも上げたいし。 ねえ、モレッド、、、」


 ドリアードが振り向くと、モレッドが真っ青な顔でゼエゼエと息をしながら付いてきていた。


「あれ? モレッド、、、? 」


 キングリザードとの戦闘での負傷と極度の疲労によって歩くだけで精一杯といった様子で、ボロボロという表現がぴったりだ。


 あ、これはダメだ。


 そう思ったドリアードはリッツに下から指示を出す。


「リッツ、ちょっとそっちに寄って」


 そう言うと、木の枝で編んだ人が二人乗れるほどの大きさの籠を作り出し、キングリザードの背に設置する。


「じゃあリッツはここに座って 」


 リッツが言われたとおりに籠の床に腰掛けると、ドリアードがボロ雑巾のようなモレッドを運んでくる。


 抵抗する気力も気力もないのか、モレッドはされるがままだ。


「はい、じゃあちょっと膝を借りるよ」



 ドリアードはモレッドの頭をリッツの太ももに乗せるように寝かせる。


 つまり、膝枕の形だ。


「えっ? えっ? 」


 驚く二人の声が重なり、揃って顔を真っ赤にするが、ドリアードはそんなことはお構い無しにモレッドの治療を始める。


「うわー、腕は黒焦げで身体中擦り傷と打撲だらけ。 おまけにどろどろだし、もうなんというかズタボロだね 」


 ドリアードは一つ一つ傷を治しながら、「大きくなったねぇ」「これは古傷かな?」などと言いながらモレッドの身体をまさぐっている。


 二人が顔を赤くしたまま固まり、そんなことはお構い無しのドリアードがぶつぶつ言いながらモレッドの傷を治すという何とも言えない時間がしばらく続いたが、徐々に状況に慣れてきたリッツが先に口を開く。


「モレッド、ごめんね。 こんなに傷だらけのボロボロになるまで戦わせちゃって、、、 」


 見上げるリッツの目に涙が浮かび、柔らかなその頬を伝う。


「リッツはわかってなかった。 モレッドは強いからきっと大丈夫だって勝手に思って、こんなに大変なことを、、、 モレッドに押し付けて、、、 」


 すっとモレッドが焼け焦げた手を伸ばし、リッツの涙を拭う。


「リッツ、違うよ。 押し付けられたんじゃない。 ぼくは自分の意思で戦ったんだ 」


「で、でも、ボルドーさんに脅しみたいなお願いの仕方をされて、リッツも結局、モレッドを頼っちゃって、、、 」


「それでも、キングリザードを止めるって決めたのはぼくなんだ。 自分で決めたんだよ。 だから、リッツが謝ることないてない 」


「モレッド、、、 わかったけど、どうして? 」


 モレッドは少し力の入った口調で言葉を続ける。


「だって、リッツは仲間じゃないか。 ぼくはリッツが困ってたら助けたいって思う。 それに教会の子供達や街の人達にはたくさん優しくしてもらったから、ぼくの力でなんとかなるならって、そう思ったんだ 」


 モレッドがそう言うと、リッツの目から大粒の涙がボロボロと溢れ出した。


 モレッドはしまったと焦った声を出す。


「ご、ごめん、リッツ。 ちょっと怖い言い方だったよね 」


 モレッドがあたふたしていると、ふとリッツが微笑む。


「違うよ、モレッド。 怖くなんてない。 こんなに優しいモレッドが怖いわけないよ 」


「ありがとう、モレッド。 みんなを、街を守ってくれて、ほんとにありがとう 」


 リッツは泣きながら微笑んでいるような表情で、そっとモレッドの髪を撫でる。


 モレッドは優しく笑うリッツをしばらく見つめた後、小さく頷いてすっと目を閉じる。


 しばらくすると、スースーと寝息が聞こえ始める。



 夕闇の中、二人とドリアードを乗せたキングリザードが、岩山のほこらを目指し、北へ北へと進んでいく。

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