第25話 もう一つの力


「ボルドーさん、大丈夫ですか!? 」


 キングリザードの突進によって半壊した部隊の中、モレッドはボルドーに手を差しのべる。


「あ、ああ、なんとか大丈夫だ。 くそっ、まさか一撃で部隊が半壊とは、、、 トカゲめ、13年前よりも格段に強くなっておる、、、 」


 キングリザードの突進はその身に纏う魔力の奔流を伴い、一瞬で部隊の半数以上を吹き飛ばした。

 

 幸いモレッドの弱体化スキルのおかげて勢いが弱まり死人は出なかったものの、まだ戦えそうな人間は半分にも満たない状況だ。



「ボルドーさん、戦えない人達を連れて後退してください。 ここからはぼくが1人で戦います 」


「な、ならんぞ、モレッド殿。 この街のものでもないそなたにそこまでしてもらうわけには、、、 なんの、わしもまだ戦える、、、 ぐっ、、、 」



 ボルドーが立ち上がろうとするが、鎧がひしゃげた腹部を押さえて再びしゃがみこむ。


「副隊長さん、ボルドーさんをお願いします 」


 モレッドは比較的傷の浅い副隊長にボルドーを託すと、キングリザードの嫌う香草をくくりつけたナイフを投げつけ、ボルドー達から離れた場所に誘導する。


「こっちだ! ついてこい! 」


 モレッドのスキルを気にしているのか、ボルドー達には見向きもしなかったキングリザードが、モレッドであれば迷うことなく後を追ってくる。


 モレッドは逃げ回りながら、追いかけてくるキングリザードを観察する。


(魔狼を貫いたナイフで傷一つついてない。 トリス神父も勇者と力を合わせないと倒せないと言っていたし、まずは引き付けながら様子を見ようか )


 再びキングリザードが突進してくるが、モレッドはこれを余裕を持って躱し、すれ違い様に魔力の隙間を狙ってナイフを投げつける。


 だが、キングリザードの魔力はうねるように動き、再びモレッドのナイフが弾かれる。


 キングリザードはお返しとばかりにその鋭い爪を振るい、大木の幹のような尾であたりをなぎ払うが、モレッドはそのことごとくを回避する。


 そして、逃げ回りながらキングリザードの周りを旋回し、何度も死角からナイフを投げるが、魔力の壁に弾かれ続け、攻撃を当てることができない。



 少し離れた位置でボルドー達が驚嘆の声をあげる。


「な、なんという動きだ。 あのキングリザードの猛攻をああも見事に躱し続けるとは! これなら、これならば、、、 」




 ボルドー達の勝手な期待をよそに、モレッドは考える。


( まずはあの魔力の防御を突破しないとダメージが入らないな。 このまま逃げ回り続けて魔石の到着も待つのもありだけど、それだといつキングリザードの矛先がボルドーさん達に向かうかわからないし、、、 )



 しばらくして、モレッドとボルドー達が直線上に重なった瞬間、キングリザードが巨大な尾で地面をえぐって投石攻撃を繰り出す。


「なっ!? こいつっ! 」


 大小多数の岩と土砂が降り注ぎ、モレッドはなんとか自分に向かって飛んで来た岩を叩き落としたが、半身を泥水を含んだ土まみれにされる。


「ボルドーさん! 大丈夫ですか!?」


 一方、後方にいたボルドー達は降り注ぐ岩を完全には回避できず、更に複数の負傷者が出ている。


「くそっ、嫌なことをしてくるっ! 」


 モレッドはボルドー達が離れるまでキングリザードの注意を引くべく、再び攻撃を仕掛ける。


 だが、やはり投げナイフの攻撃は魔力の壁に阻まれ、キングリザードまで届かない。


(こいつは他の魔物より頭がいい。 攻撃が効かないとわかれば、すぐにこっちを無視して街へと進まれてしまう )



 モレッドの腰で暁の短刀が鈍く光る。


(なら、こいつで接近戦だ! )


 鞘から短刀を引き抜き、モレッドはキングリザードに斬りかかる。


 上方から振るわれる爪を躱し、側面に回り込むと大きな傷跡の残るその腹に向かって一撃を繰り出す。


 赤く光る短刀が激しくうねる魔力の壁とぶつかり合う。


ガガガガッ!


 短刀は轟音をたてながら魔力の壁を切り裂き、キングリザードに初めてモレッドの攻撃が届く。


 だが、


 ガキンッ!


 今度はキングリザードの固い鱗に弾かれ、ダメージを与えられない。

 

 モレッドがその場を飛び退いた瞬間、モレッドの鼻先にキングリザードの巨大な尾が振り下ろされる。


(やばいっ! )


ズドンッ!!


 身体を捻ってギリギリ直撃を避けたモレッドは、空中でとっさにキングリザードの尾を片手で押して距離をとる。


(あれっ、今、キングリザードに触れられた? 魔力の壁を引っ込めたのか? いや、というよりはぼくの腕の周りだけ、キングリザードの魔力の壁が無くなったような、、、 )


 モレッドが考え込んだ一瞬、キングリザードはその隙を見逃さず、高速でブレスを放つ。


(回避っ! いや、待て! )


 モレッドの後方ではボルドー達が距離を取ろうと移動しているが、一部の怪我人はその場に留まったままだ。



 モレッドは腰を落とし、正面からブレスを受け止めようと左腕を前に突き出して構える。


 赤黒い光を放ちながら、炎と猛毒を纏ったブレスがモレッドに迫る。


 受け止められるわけがない。

 後方にいた衛兵達の誰もが、ボルドーすらそう直感していた。


 あの強く勇敢な少年は自分達を庇ったばかりに命を落としてしまう。

 

「逃げろ! 逃げてくれ! 」


 ボルドーが思わず叫ぶが、モレッドは腰を落としたまま動かない。



 ドッ!っと轟音をたて、赤黒いブレスがモレッドを直撃する。


「ああ、、、、 」


 真正面からブレスを受け、このままモレッドは燃え尽きる。

 そして次は自分達の番だ。


 その場にいた誰もがそう思った。


 だが、どれだけたってもモレッドは燃え尽きない。


 いや、それどころか突き出したモレッドの左腕に触れた瞬間、魔力がほどけるようにブレスが霧散している。


「うああああーーーーーっ!!! 」


 モレッドが咆哮すると、凄まじい魔力を纏っていたブレスが完全にかき消される。



 必殺のブレスで消し飛ばしたはずの敵が変わらず目の前に立っている。


 予想もしない事態にキングリザードの思考が一瞬止まる。



 キングリザードが完全に硬直したその瞬間をモレッドは見逃さない。


 強く地面を蹴って、キングリザードの側面に回り込むと、殴るようにして魔力の壁をえぐり取り、そのまま横薙ぎに1回転。


 全身で叩きつけるように暁の短刀による一撃を放つ。


 ズガッッ!!


 赤く光る刃が、キングリザードの黒い鱗にわずかに食い込む。



「うおおおおおーーーーーっ!!」


 再びモレッドが吠えると、暁の短刀が輝きを増し、キングリザードの黒く固い鱗を切り裂いた。

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