第24話 少女と精霊

 モレッド達がキングリザードへの攻撃を開始した頃、リッツは衛兵達と共に領主の屋敷で魔石の捜索をしていた。


 だが、メキドの土地の2割を占める領主の敷地は大規模な村並と言っていいほどの広さを誇り、リッツと10数人の衛兵で探し物をするにはあまりにも広大すぎた。


 加えて、困ったことに魔法兵が使う探知魔法への対策までされていたため、リッツ達は広大な屋敷の敷地内を端から端まで駆け回って、結界の魔方陣を探し回る羽目になっていた。


 その広さ故、リッツの足の速さは大きな利点になっており、5階建てかつ地下まである屋敷に加え、テーマパークのような庭園をしらみ潰しに走り回り、衛兵達からすると最高の助っ人だった。



 捜索開始から数時間が経ち、部隊に焦りが出てきた頃、リッツは屋敷の裏庭にたどり着く。


 一見なんの変哲もない古びた庭園、庭園の中心には古びた噴水と池があるが、もう水は噴き出しておらず、濁った水が溜まり、きらびやかだったであろう装飾もコケに覆われてしまっている。


 後ろの方から衛兵が声をかけてくる。


「おーい、そっちはもう探したが、何もなかったぞー 」


 だが、リッツは噴水に釘付けになっており、衛兵の声が聞こえていない。



 ふと、リッツを岩山のほこらに導かれた時と声が聞こえる。


「こっちだよ、、、」


「えっ、だれ!? どこにいるの!? 」


 リッツが問い返すが返事はない。


 だが、リッツが噴水の方へ歩を進めると、先ほどよりもはっきりとその声が聞こえてくる。


「そう、こっち。 そのまま、噴水ところまで 」


 リッツはゆっくりと歩きながら、再びその声に向かって問い返す。


「あなたはだれ? 前にリッツを岩山のほこらに呼んだのと同じ人? 」



「うん、同じだよ。 さあ、噴水の台座にある宝石に手を触れてこう唱えるんだ 」


「『リテーネ』と 」



 リッツは導かれるように台座の前に経ち、その手を宝石に延ばす。


『リテーネ 』


 リッツがそう唱えると、噴水の池から濁った水がゴボゴボと排出され始める。



 しばらくすると池の水はすっかり失くなり、噴水があった場所に地下へと続く階段が現れた。


 リッツが恐る恐るその階段を降りていくと、周りを木の幹と枝に囲まれたような通路に出た。


 奥の方はホールのような部屋になっており、その中心に緑色の光が見える。


「そのままこっちに来て 」


 不思議な声に呼ばれ、リッツはホールの中へと進んでいく。


 ホールに入ったところで、突然、リッツの隣に小さな緑色の子供が現れ、リッツの手を引く。


「こんにちは、リッツ。 よく来てくれたね 」


「あ、こんにちは 」


 リッツは突然のことに驚き、少し間の抜けた返事をする。


「あ、驚かせたかな? ぼくはドリアード、この地を司る木の精霊だよ 」


「えっと、私は、、、 」


「知ってるよ、カールとターニアの子供で郵便屋のリッツでしょう 」


「え、お父さんとお母さんのことを知ってるの? 」



「うん、ぼくはこの地に暮らす人から誰でも知ってる。君の暮らす教会の仲間や、最近ラドームから戻ってきた調停者のこともね 」


「調停者?」


「ああ、今の名前はモレッドだったか。 まあ、そっちの話は今はいいよ。 さて、ここに呼んだ理由はわかるよね? そこで光っている魔石を渡して暴走しているぼくの眷属を鎮めてほしいんだ 」


「え、あの光が魔石なの? そ、その眷属ってもしかして、、、 」


「ああ、君たちがキングリザードと呼んでいる竜のことだよ 」


「ま、魔石を渡してもらえるのはありがたいんだけど、それってリッツが届けなきゃダメなの? 」


 リッツは少し怯えた様子で問い返す。


「ああ、というか君にしかできない。 君以外だと彼女に攻撃されちゃうからね 」


「あ、キングリザードってメスなんだ。 あ、いや、そうじゃなくて。 リッツだけは攻撃されないってどういうこと? 」


「君、こないだ岩山のほこらに来たろう。 その時に精霊の魔力を付与させてもらったのさ。  今の君は、彼女から、自分と同じぼくの眷属に見えるはずだよ 」


「そうなんだ、、、 あの、他の人に魔力を付与してもらったりってできないかな? お父さんのこともあるし、やっぱり、その、怖くて、、、 」


 自分の肩を抱いて震えるリッツを見て、ドリアードは優しい口調で言葉を続ける。


「大丈夫、彼女が君を攻撃しないことはぼくが保証する。 それに、キングリザードを鎮めることは君のお父さんの願いでもあると思うんだ 」


「お父さんの? どういうこと? お父さんはキングリザードに殺されたんじゃないの? 」


「彼女は君のお父さんを殺してはいないよ。 今ゆっくり話す時間はないけど、そこは保証する。 カールが彼女を沈めようとしていたのは、彼女が自分の主のために魔石を探しているだけだってことを知っていたからさ 」



「カールは街周辺の見回りをしていたから、彼女に度々遭遇していた。 何度も繰り返すうちに気付いていたんだよ、彼女が何かを探しているだけで自分からは攻撃してこないことを 」



「それに、カールはボルドーから信頼されていた上に衛兵の中ではそれなりに上の立場にいたからね。 結界の核である魔石が、彼女の守るほこらから持ち出されたものだということも聞かされていた 」



「だから、カールは彼女を説得しようとしたんだ。 いつか必ず魔石を返しに行くから、岩山に帰ってほしいって。 そして、最初は彼女も話を聞こうとしていた。 結局、他のやつらが彼女を攻撃して、戦闘になっちゃったけど 」



「お父さんが魔石を返そうとしていた、、、 でも、そんな話、誰も教えてくれなかった 」



「そうだね、大討伐以降、魔石に関する情報は秘匿されるようになったから、その話もできなかったんだろうね 」


「それにね、カールが魔石を返そうとしたのには理由があるんだ。 彼は、、、 」


 その時、遠くからズドーンという音が聞こえ、ドリアードは天井を見上げて小さくため息をつく。


「もう、始まったのか。 衛兵達は本当に気が早いな 」


 「何が? 」という顔で覗き込んでくるリッツに向かって、ドリアードは再び話し出す。


「君の仲間達が彼女と戦い始めた。 まだ街までは距離があるだろうから、そんなに急がなくてもいいのにね 」


「まあ、でも始まったものは仕方がない。 リッツ、決断の時だ。 魔石を彼女に届けてくれるかい? 」


 ドリアードが手を翳すと、部屋の中央にあった緑色の光が宙を飛び、リッツの目の前で止まる。


「言っておくけど、君が行かなければ今戦っている彼らは全滅し、街も彼女に破壊されるよ。 調停者は強力だけど、それでも勇者の力なしに彼女を倒すことはできないからね 」


 ドリアードの言葉にリッツはごくりと唾を飲み込む。


「残酷なようだけど、それが事実だ。あとは、君が考えて魔石を持っていくかを決めればいい 」


 決断を迫られ、リッツは少しだけ下を向いて考える。



 数日前に魔狼の群れに追いかけられた恐怖はまだ残っている。


 お父さんの話も突然過ぎて気持ちの整理がついていない。


 でも、自分がやらなきゃ、モレッドやボルドーさんが死んでしまって、街も壊されてしまうかもしれない。


 教会の仲間達だってきっと離ればなれになってしまう。


 それは、それだけは嫌だ。


 だから、怖くてもやらないと。


 自分にしかできないのなら、大事なものを守るために自分がやらないと。




 ふと、リッツはモレッドが調査に協力すると言った時もこんな気持ちだったのかなと思い、クスリと笑う。


 それを見たドリアードは再びリッツに問う。


「決まったみたいだね。 じゃあ、答えを聞かせてくれるかい? 」


 ドリアードの問いかけに、リッツは魔石に向かって両手を伸ばして答える。


「わかった、リッツが魔石を届けるよ。 だから魔石を渡して、ドリアード 」 


 ドリアードはにこりと笑い、魔石に手を翳す。


 すると魔石の光が弱まり、拳大の大きな緑色の宝石が現れる。


 ドリアードがリッツのカバンを指差すと、魔石がひとりでにカバンの中に入っていく。


 リッツが驚いていると、ドリアードがいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「じゃあ郵便屋さん、その宝石を彼女に届けてくれるかい? 


 リッツは一瞬キョトンとした顔になったが、すぐにニッコリ笑い、カバンを肩紐を強く握る。


「はい、リッツの郵便屋が責任を持ってお届けします! 」




 リッツは外に向かって走りだし、階段の途中で振り返って叫ぶ。


「ありがとう、ドリアード! 」



 庭園の木々の影からドリアードがそっと見守る中、リッツは緑の髪を靡かせながら庭園を駆けていく。



 すれ違う衛兵に「魔石を見つけたから届けに行く」とだけ伝え、驚いた衛兵が「どこで?」と問いかけた時には、もうリッツの姿はない。


 魔石の入ったカバンを大事に抱えながら、リッツはひた走る。


 領主の敷地を抜け、街を抜け、モレッド達のところを目指して。


 途中、キングリザードの咆哮が聞こえ、遠くで炎が立ち上るのが見え、リッツはその足を更に速める。


 森を抜けたその先、リッツの目に飛び込んできた光景は、、、

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