第13話 毒沼の向こう

 リッツが仲間に加わってから数日が経ったある朝、モレッドとリッツは丘の上から遠くにそびえるメキドの城壁を眺めていた。


「あーーー、やっと見えたー! モレッド、ほらほら! 」


 リッツの元気のいい声が響き、モレッドもその隣で「おー」と感嘆の声を上げている。


 魔狼を一蹴するモレッドの実力を目の当たりにし、しかも元勇者パーティーの一員という話まで聞いてしまい、最初の頃、リッツは緊張した面持ちでモレッドに接していた。


 だが、モレッドの温和な性格と年齢も2つしか違わないということもあって、2人はすぐに打ち解け、あっという間に昔からのパーティーメンバーのように仲良くなった。


「すごいでしょう。 メキドは頑丈な城壁と魔法結界で守られてて、この10年の間、魔物の侵入を許したことのない街なんだよ 」


「すごいね、王都ですら年に1度は魔物の侵入騒ぎが起きるのに 」


 得意げに説明するリッツに、モレッドも相槌を打つ。


 ふと、メキドまでの道に目をやると、ちょうど中間地点のあたりに、広大な毒の沼地ができている。


「リッツ、あれって、、」


「うわー、ひどいね。 この辺を縄張りにしてるキングリザードって魔物は怒ると炎と毒が入り雑じったブレスを吐くの。 たまに他の魔物や事情を知らない冒険者がキングリザードに手を出して、毒沼ができることがあるんだけど、あんなサイズの毒沼はリッツも初めて見るよ 」



 リッツは嫌なものを見たという感じで顔をしかめたが、何かを思いついたような顔になり、モレッドの方を向く。


「あの、、、 少し前に人族の勇者パーティーがキングリザードを撃退したって聞いたんだけど、モレッドはその時は一緒じゃなかったの? 」


「あー、一緒にはいたんだけど、あれは撃退といっていいのか、、、」


 メキドへの旅の中で、モレッドはリッツにこれまでのいきさつを説明していた。


 もちろん、サイオンに殺されかけた話など、多少は秘密にしていることもあるが。


 ただ、少し前まで自分は遊び人で戦闘能力など皆無に近かったが、最近、職業が変わり、それなりに戦えるようになったことなど、この1週間ほどの間のできごとはほとんど隠さずに話していた。



 リッツはモレッドが元勇者パーティーの一員と知って驚いていたが、


「1年くらい前に聖女様にとってもお世話になったんだ。また会えたらちゃんとお礼をしたいと思ってたから、その分も併せてモレッドにお礼させてもらうね 」


と、とても嬉しそうにしていた。



「えーっと、あの時はエレナが前もって大量に準備してくれていたキングリザードの嫌いな香草が思った以上に効いて、どんどん投げつけていたら、戦う前に逃げていっちゃったんだよね、、、 」


「ええっ!? 香草で撃退したの? 確かにキングリザードが嫌いな香草はいくつかあるけど、さすがに獲物を前にして逃げ出すっていうのは聞いたことがないよ、、、 というか、そんな簡単なことでいいなら、あの時だって、、、 」


 と、リッツは急に難しい顔で考え込むが、しばらくすると話の途中だったことを思い出した様子で、慌てて言葉を続ける。


「き、きっと、とんでもない量の香草を準備してたんだよ! さすが聖女様だね! 」


 そんなことを話ながら、モレッド達は丘を下り、メキドへの道を進んでいく。



「うーん、今の装備であの毒沼を越えるのは難しいから、南に迂回して別の街道から街を目指したほうがよさそうだね 」


「うん、そうしようか 」


 南へ下る道はこれまで通ってきた街道ほどはきちんと整備されておらず、途中で道が無くなりただの草地になったと思ったら、しばらく進むと道が見つかるといったことを繰り返しながらモレッド達は南へ南へと進んでいく。


 道中、時折リッツと談笑も交えつつ、エレナの地図を広げてモレッドは考える。


(さっきのリッツの話からすると、大きな毒沼ができたってことは、それだけキングリザードと激しく戦った誰かがいたってことだ。 エレナのことだから危険なルートは避けるだろうけど、サイオンがすぐに無茶をするし、大丈夫かぁ )


 モレッドが難しい表情をしていると、リッツがそれに気づき声をかけてくる。



「モレッド、大丈夫だよ。聖女様はとっても頭のいい方だったから、キングリザードと正面から戦うようなバカなことは絶対にしないよ 」


「あ、うん。エレナはそんなことは絶対にしないと思う。 でもさ、そもそもキングリザードってそんなに強いの? 」


「強いも何も、世界に4体しかいないSランクの魔物だよ。 本気で怒らせたら都市が滅ぶって言われてるくらいで、もう災害と同じ扱い。 衛兵さんの噂話だと、魔王様にだって正面からじゃ倒せるかわからないらしいし 」


 モレッドはますます心配になるが、元気づけようとしてくれているリッツの顔を見て、笑顔を作って返事を返す。


「そっか。 確かにエレナがいればそんな恐ろしい魔物と戦うことはしないと思う。 元気づけてくれてありがとう 」


 リッツは「いえいえ」と言うと、にっこり笑い、二つに束ねた緑の髪を揺らせながらモレッドの少し先を歩いていく。

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