第10話 聖女の覚悟


「サイオン? 」


 突然の出来事に理解が追い付かず、エレナは呆けた声を出す。


 エレナの足に血が滲み、真っ白な聖女の衣が赤く染まる。


 一方、胸を刺されたブロムは血を吐きながらゆっくりと崩れ落ち、やがて土気色の顔になり地面に横たわる。


「くくっ、くくくくっ、、、 」


 再び飛来したキングリザードの炎に照らされながら、サイオンが狂気をはらんだ表情で笑う。


「よし、役立たずなおまえ達に勇者からの命令だ。 おまえらはキングリザードの餌になってオレ様が逃げる時間を稼げ。 エレナ、おまえはまだ動けそうだから、逃げ回ってキングリザードの気を引くんだ 」


 エレナは杖を支えにして立ち上がりながら、サイオンを睨み付ける。


「サイオン、あなた、自分が何をしているのかわかっているの!? 」


「ひひっ、わかってるわかってる。 おまえらの命もオレが有効活用してやるってことだよ。 モレッドのやつと同じようにな 」


「モレッド!? あなたモレッドに何をしたの!?」


「ん、なんだ? 知りたいのか? おまえ、あいつにやたらと肩入れしてたもんなあ。 こっそり裏でできてたりしたのか? 」


「あなたは! あなたという人は! 」


 ニヤつくサイオンにエレナは激昂するが、次の瞬間、キングリザードのブレスが倒れていたブロムを直撃し、その身体を焼き尽くす。


「ブロム! 」


 エレナは足を引きずりながらブロムに駆け寄ろうとするが、サイオンに蹴り飛ばされ再び地面に倒れ込む。


「かかっ、時間切れだ。 よしよし、せっかくだ。 冥土の土産に教えてやるよ。 モレッドは死んだぜ。 今頃は魔狼の糞になってる頃だろうよ 」


 青い眼を見開き、信じられないと言った顔で震えるエレナに向かってサイオンが笑う。


「くくっ、そうその顔だ。 そいつが見たかったんだ。 もう少し遊ぼうかと思ったが、案外これも悪くないな。 さて、それじゃあ、せいぜい逃げ回れよ、エレナ 」


 そう言うとサイオンは無表情になり、街に向かって全速力で走り出す。


 エレナは一瞬呆然とするが、すぐに我に帰り、サイオンに向かって大声で叫ぶ。


「サイオン! 待ちなさい! そっちはダメ! 街に行ってはダメ! 」


 サイオンは一度も振り返らず、どんどん遠ざかって行く。


 炎の赤が揺らめく空に、エレナの声だけが空しく響く。




 サイオンの姿が見えなくなり、エレナが振り返ると、そこにブロムの姿はなく、人の形をした焦げ跡と真っ黒な毒沼だけがあった。


「ブロム、、、 」


 エレナが視線をあげると、炎の中からキングリザードがゆっくりと姿を表し、目を細めてこちらを観察している。


 その巨体から立ち昇る圧倒的な魔力に、エレナは自分の死をはっきりと想像する。


 すると、先ほどまで必死に支えていた身体から力が抜け、華奢な膝がガクガクと音をたてて震えだす。

 

 押さえきれなくなった涙がポロリ、ポロリと頬を伝う。


 だが、それでも彼女は杖を支えに立ち続け、キングリザードから眼を反らさない。


 それでも聖女エレナの心は折れない。


 しばらく睨み合った後、キングリザードが大きく息を吸ったのに合わせて、エレナはもう一度目眩ましの魔法を放つ。


『フラッシュボール!』


 光が瞬き、キングリザードの視界を奪う。


 エレナが血の滲む足で地面を蹴って飛び退くと、先ほどまでいた場所に赤黒いブレスが降り注ぐ。


 エレナは力をふり絞り、キングリザードに向かってありったけの声で叫ぶ。


「こっちよ! ついてきなさい! 」


 そして、森に向かって走り出す。


 足から滴り落ちる血をキングリザードの道しるべにするかのように、エレナは一歩また一歩と進んでいく。


 その儚くも力強い足取りとは裏腹に彼女の涙は止まらない。


(モレッド、ごめんなさい。私は、、、)



「グオオオーーーーーッ!!」


 キングリザードが再び咆哮し、その巨体を揺らしながらエレナを追う。


 青い髪を振り乱しながら必死で走る彼女の背に赤黒い大きな影が迫っていく。



 


 その日、メキドの街にボロボロの勇者が逃げ込んだ。


 勇者の口からは、タンクと聖女の逃亡により、キングリザードの討伐に失敗したという報告がなされた。



――――――――――――――――――

【★あとがき★】


 10話まで読んでいただきありがとうございました。

 勇者サイオン達の話はいかがだったでしょうか?


 少しでも「サイオンがひどすぎる」「ブロム、、、」「続きが気になる」と思っていただけましたら、フォローや星★をいれていただけますと、作者がとても喜びます。


これからもよろしくお願いいたします。


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