第9話 恐怖と裏切り

 威嚇行動を取るキングリザードに対して、サイオンはいったん距離をとる。


「おい、エレナ! どうなってやがる! おまえ、補助呪文の手を抜いたんじゃねーだろうな!? 」


「抜くわけないでしょう! それより撤退です。 援護しますから、その場から離脱してください! 」


 サイオンはちっと舌打ちをして、エレナに向かって怒鳴り散らす。


「ふざけるな!! こんな雑魚相手に撤退するなんぞ、冗談じゃねえぞ! もう一回だ、補助を、、、」


 その瞬間、キングリザードはその巨体を地面に伏せ、勢いよく身体を一回転させた。


 接近していたサイオンとブロムはその巨大な尾で殴り飛ばされる。


「ぐがっ、、」


 すんでのところでサイオンは勇者の剣で防御するが、背丈ほどもある尾の強烈な一撃を防ぎ切れず、エレナのいる位置まで吹き飛ばされる。


 なんの防御もできなかったブロムに至っては、巨大なバットで打たれたボールのように100メートル近く飛ばされ、ぴくりとも動かずに地面に転がっている。


「サイオン、目を覆って!」


 エレナはサイオンの前に立ち、目眩ましの呪文を唱える。


『フラッシュボール!』


 エレナの持つ杖からけたたましく点滅する光球が飛び出し、キングリザードの頭上に張り付き、その視界を奪う。


 更にエレナは道具袋から、魔物寄せの匂い袋を取り出し、近くに寄ってきていたゴブリンの群れに投げつける。


 匂い袋は一体のゴブリンに当たった瞬間、バフッと破れ、中から赤い霧のようなものが飛び出し、ゴブリン達の身体を赤く染める。


「ブロムを拾って森に逃げるわよ。 走りなさい! 」


 サイオンは左腕を骨折し、鎧の一部がひしゃげているうえ、頭からもダラダラと血を流している。

 だが、それでも自分の足で立っており、エレナにくってかかる。


「エレナ、、てめえ、、偉そうに命令してんじゃねえぞ。誰がこのパーティーのリーダーだと、、」


 パッーーーン!!


 パーティーが半壊状態にも関わらずくだらない文句を言うサイオンに、エレナの強烈なビンタがさく裂する。


「うるさい!! 生き残りたかったらちゃんと指示を聞いて!! 」


 サイオンがよろめくのと同時に、視界を奪われたキングリザードが暴れまわる。


 衝撃で地面が揺れ、サイオンはしりもちをつき、言葉にならない声をだす。


「あぁ、、、」


 座り込んだままサイオンはキングリザードの方を振り返る。


 先ほどまでの気迫が嘘のようにほうけた表情で口を開け、その眼には明確な恐怖が浮かんでいるように見える。


 自身の渾身の一撃は致命傷を与えるには程遠く、おかえしとばかりに放たれたキングリザードの攻撃は、一撃でパーティーを半壊させた。


 そのたった一度のやりとりで、サイオンはキングリザードとの力の差を理解してしまったのだ。


 エレナはガタガタと震えだすサイオンの腕を掴んで立ち上がらせ、再び力強い声で呼びかける。 


「もう一度言うわ。 あいつの目が見えないうちにブロムを拾って逃げる! いいわね!? 」


 今度はサイオンもこくりと頷き、二人はその場を離れようと一目散に駆け出す。



 ブロムは100mほど走ったところに倒れており、サイオンがクッションになったおかげでなんとか生存していた。


 エレナが駆け寄り、ブロムは体を起こそうとするが、血を吐いて再びその場に倒れこむ。


「エ、エレナ、、助けてくれ、、」


 かすれた声で懇願するブロムにエレナは回復呪文をかけ始めるが、後ろからキングリザードに捕食されるゴブリンの悲鳴が聞こえてくる。


「時間がない、、、 ゴブリンじゃほとんど足止めにもならない、、、 」


 エレナは顔をしかめながら、ゴブリンが少しでも長く逃げ回ってくれることを願う。


 だが、視界を奪われているはずのキングリザードは着実に1体、また1体とゴブリンを捕食していく。


「エ、エレナ、回復魔法を止めろ。そいつはもうダメだ。ここに置いて逃げるぞ! 」


 サイオンが恐怖にかられた表情で叫ぶ。


 回復魔法を止めないエレナを見て、サイオンは勇者の剣を振りかぶる。


「聞こえねーのか、エレナ。止められないなら、俺がとどめを刺してやる! 」



 血走った目で剣を振り上げるサイオンをブロムは呆然と見上げている。



 エレナは キッ とサイオンを睨みつけ、ブロムを庇うように立ちふさがる。



「サイオン、あなたは自分が何を言っているのかわかっているの?魔物から逃げるために仲間を殺すなんで絶対に許されない。剣を下ろして、ブロムを運ぶのを手伝って。」


「黙れ、黙れっ! 邪魔するならおまえも一緒に、、、 」



 ドーーーンと凄まじい音が響き、キングリザードが最後に残ったゴブリンに巨大な尾をたたきつけている光景が視界に入る。


 サイオンの手から勇者の剣が地面に落ち、ガランと無機質な音が辺りに響く。



 雄叫びをあげるキングリザードに、サイオンとブロムはくぎ付けになっている。


「もうおしまいだ、、、」


 ブロムが小さくつぶやく横で、エレナは小さく息を吐く。


 エレナは覚悟を決めた表情になり、落ち着いた声でサイオンとブロムに問いかける。


「サイオン、ブロム、聞いてください 」


「今から二人に特別な強化魔法をかけます。 おそらく街まで逃げ切れるようになると思いますが、反動がとても大きく、回復魔法も効かなくなるので、負傷した状態だと死ぬかもしれません。 ただ、もう生き残るにはこれしかない。 こちらに集まってください。 」


「え、あ、、、 はあ? てめえ、やっぱりサボってやがったのか!? そんなものあるなら最初から、、」


 キッとエレナに睨まれサイオンは口をつむぐ。


「反動で死ぬかもと言ったでしょう。 こんな魔法、生きるか死ぬかの場面でなければ、絶対に使いません。 いいですか、私が合図をしたら散らばって森の方へ逃げてください 」



 エレナが呪文を唱え始めると、サイオンとブロムの身体が光輝き、力が溢れ出す。


「おおっ、こいつは、、、」


 一瞬、これならいけるんじゃないかと考えたサイオンは勇者の剣を拾い直すが、キングリザードの方をチラ見して、地面を揺らしながらこちらを探している姿に身震いする。


 その横で、ブロムがエレナに肩を抱えられながらなんとか立ち上がる。


 後ろからキングリザードの咆哮が聞こえ、手当たり次第に炎のブレスを吐き出しているのが見えた。


 100mほど離れたサイオン達の周辺にも時折ブレスが届き、ブレスがあたった場所は地面ごと焼き付けされ、やがて真っ黒な毒の沼地に変わる。


 それを見たサイオンは、無表情のままゆっくりと2人に近付き、道具袋から取り出したナイフでブロムの胸を突き刺し、そのままエレナの足を切りつける。


「サイオン? 」


 エレナがその青い目を見開く。


 真っ白な聖女の衣に、彼女の血の赤が少しずつ滲んでいく。

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