第8話 勇者の力

「くそっ、どうなってやがる。前に通った時はこの辺りの魔物なんぞ雑魚ばかりだっただろうが!」


 時は少し遡り、モレッドが荒野で眠りこけていた頃、サイオン達はメキドの街まで20kmほどの位置で休息をとっていた。


 負傷したブロムを治療しながら、エレナはサイオンを諭す。


「サイオン、落ち着いてください。ここまで魔物に苦戦してはいるけれど、メキドの街はもう目の前です。ブロムの治療が終わり次第出発すれば、明るいうちにメキドに到着できます 」


「落ち着けだと!? 後ろから補助呪文を唱えてるだけの後衛が偉そうなことを言うな! だいたい、おまえのルート設定が甘かったから強い魔物にばかり出くわすんだろーが 」


 サイオンの言葉にエレナは押し黙る。


 サイオンはああ言うが、エレナは最も安全なルートを通っているという自信がある。


 この4年間、魔族領における魔物の分布や危険度、気候や地形、ありとあらゆるものを念入りに調べ、それらから導き出した行程が間違いなかったことはラドームへの旅が順調であったことが証明していた。


 今回のメキドへの旅では、行き道で得た情報も踏まえて、より安全なルートや魔物への対応を考え、最速かつ安全にメキドまで辿り着くことのできる工程を導き出したはずだった。


 一刻も早くモレッドに追いつくために。


 実際、サイオン達は今回のメキドへの旅で、特別危険度の高いSランクの魔物には一度も遭遇しておらず、Aランクの魔物との戦闘も2回だけとかなり危険度を抑えることができている。


 ただ、危険度を抑えたにも関わらず行きよりもパーティーの消耗が激しいのは、単純に魔物が強いからだ。


 ラドムへ向かった際は難なく対応できていたはずのBランク、Cランクの魔物すらかなりの強さで、Aランクの魔物となると今のようにパーティーに負傷者が出てしまう始末だ。


 以前はSランクの魔物すら無傷で撃退したことがある勇者パーティーだったが、魔族領の奥地とはいえ、今は街から街への移動に命がけとなっていた。


 ただ、同じ魔物がものの数日でここまで強さを変えるなど聞いたことがなく、エレナは魔物側ではなく、自分たちが変わったのではと推測する。


 味方を強化する自身の補助魔法に変化はない、サイオンとブロムも特別調子が悪いということはなく、違いがあるとすればモレッドがいないことくらいだ。


 モレッドは荷物持ちが主な役割で直接魔物を攻撃することは少なかった。


 そうすると、モレッドが何らかの補助スキルを使って魔物を弱体化していた可能性が高い。


 エレナに対して隠し事をすることはなかったはずなので、おそらく無意識に。



 そこまで考えたところでブロムの治療が終わり、先ほどAランクの魔物にえぐられた脇腹の傷が塞がっている。



 「はい、これでいいですよ。 ブロム、体を動かしてみてもらえますか 」


 ブロムは「ふーっ」と息を吐き、立ち上がって腕をぐるぐる回す。


 「ああ、大丈夫そうだ。 」


 ブロムがサイオンの方を見ると、サイオンはまた悪態をつき始める。


「はっ、脇を軽くえぐられたぐらいで時間をかけすぎなんだよ。 ブロム、てめーもたかだかAランクの魔物ぐらいで怪我なんぞしてるんじゃねえ。 勇者パーティーの名に傷がつくだろうが 」


 そう吐き捨てると、サイオンは立ち上がり、「さっさと行くぞ」とメキドに向かって歩き出す。

 


 休憩地点から半日ほど進んだ丘の上、地平線の彼方にメキドの街が見えてくる。


 屈強な城壁に加え、青白く光る強固な結界に覆われており、城塞都市といった風貌だ。


 「おっ、やっと見えてきたか。さっきの休息以降は強い魔物にも会わねえし、あとは楽勝だな。」


 丘の上で得意げに話しながら大声で笑うサイオンを、エレナが再び注意する。


「サイオン、先ほども言いましたが落ち着いてください。 昨夜説明したとおり、ここからメキドまでの平原はSランクの魔物であるキングリザードの縄張りです 」


「ラドムへの道中では、運よく無傷で撃退することができましたが、今の私達はあの時よりもはるかに消耗しています。 モレッドもわざわざキングリザードの縄張りを通るようなことはしないでしょうし、私達も迂回していきましょう 」


「は? エレナ、おまえ何言ってるんだ?

こないだ撃退したあのオオトカゲぐらいなら楽勝だろ。 モレッドがどうとかどうでもいいだろうが。 さっさと行くぞ」


 サイオンはエレナの忠告を聞かず、ブロムを連れてどんどん平原を歩いていく。


 エレナは腕を掴んで止めようとするが、簡単に振り払われ、その後も何をいっても止まる様子がない。


 仕方なく、エレナはキングリザードに見つからないように気配遮断の補助魔法を使う。


 そのまま、呆れたような表情でサイオン達の後をついていく。


 10分ほど進んだところで、サイオン達は平原で無防備に寝ているキングリザードを視界にとらえる。 


「おーおー、オオトカゲがあほ面で寝てやがる。 よし、エレナ、補助魔法をかけろ、さくっと討伐してきてやる 」


「なっ、何言ってるんです。今の消耗した状態でキングリザードと戦うのは危険です。 」


 エレナが驚いてサイオンを引き留める。 


「それに、これは推測ですが、前回はモレッドが何らかのスキルでキングリザードを弱体化させていた可能性があります。 この道中における苦戦も、モレッドの補助が無くなったからと考えると、辻妻が合うのです。 だから、今回は迂回して戦闘をさけるべきです 」



「はあ? モレッドのスキルがどうだの、わけのわからない言い訳してるんじゃねーよ!

勇者パーティーが強いのは、オレさまの勇者の力のおかげだ! 」


「そもそも寝てるトカゲのどてっ腹に、強烈なやつを一発叩き込めばそれで終わりだろうが。  文句ばっかり言ってねーでさっさと補助魔法を使え! 使わねーなら補助魔法なしでもいくぞ 」


 すごむサイオンにエレナは頭を抱えるが、しばらくすると、


 「一撃で倒せなかったら全速力で街と反対方向の森に離脱してください、それが条件です」


 と言って、サイオンとブロムに強化の補助魔法をかける。 


「はっ、わかればいいんだよ。 おい、ブロム、おまえもグズグズしてないで走れ。 オレが貯めてる間、おまえが雑魚狩りをやれ! 」


 サイオンとブロムはキングリザードに向かって駆け出す。



 途中、側面から襲い掛かってきたゴブリンの群れをブロムが押しのけ、サイオンはキングリザードに向かって走る。


 あと10mというところでキングリザードが目を開け、辺りを警戒するように見渡す。


 次の瞬間、キングリザードから魔力が溢れ出し、その身体を覆う魔力の壁が形成される。



 だが、既に剣を振りかぶり、スキルを発動しているサイオンは止まらない。


「はっ、今更起きても遅えよ!

 このまま永久に冬眠させてやるぜ!

 唸れ、勇者の剣 」


 サイオンの頭上で勇者の剣が光り輝き、強力なオーラがサイオンを包む。



「くらえ!! 『メテオブレイカー!!!』」 



 剣から膨大なオーラがあふれ出し、サイオンは巨大な光の柱となった勇者の剣をキングリザードの胴へと降り下ろす。


ズガーーーンッ!!


 光の柱とキングリザードを守る魔力がぶつかり、凄まじい衝撃が辺りに響く。


 あたりに土煙が舞い、視界が塞がれる。



 キングリザードの姿が確認できない中、ブロムは勝利を確信し、サイオンにかけよろうとするが、サイオンは腕を横に広げて制止する。


 少しずつ土煙が晴れ、目の前に広がる光景にサイオンはその切れ長の青い目を見開く。



「なん・・だと・・」



 驚愕の表情を浮かべるサイオン。


 その目線の先、巨大なキングリザードが腹から血を流しながら上半身を持ち上げ、サイオンとブロムを威嚇していた。

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