第6話 子供騙し
「詳しい話は後。とにかく付いてきて 」
女の子はそう言うと、モレッドの手を掴み、裏路地の更に奥へと進んでいく。
途中、近くの路地からモレッドを探している衛兵らしき声がしたが、女の子は入り組んだ裏路地を自分の庭のように迷いなく進み、気がつくとモレッドは古びた小屋の前に立っていた。
女の子に言われるがまま小屋に入ると、中は小綺麗にされており、誰かが定期的に掃除をしているのがわかる。
モレッドがポカンと立っていると、女の子はどかっと椅子に腰掛け、モレッドに向かって足を組む。
「教えて。 何がどうなったら今更のこのこ街に帰ってきて、裏路地で衛兵から逃げ回ってるって状況になるの? 」
少女は前置きもなしにいきなりモレッドを問い詰めるが、モレッドからすると目の前の少女の雰囲気が先日とはあからさまに違うことに戸惑っているうえ、そもそも質問の意図がわからない。
「えーっと、ごめんなさい。ぼくも何がどうなってるのかさっぱりで、、その、宿屋の子だよね? 衛兵を呼んだのは宿屋のおじさんなんだけど、君はどうしてぼくを助けてくれたの? 」
「あ、うん、、、 モレッド、やっぱり私のことわからないの? 」
「え、いや、昨日パンをくれた宿屋の子だよね? 」
女の子の目が少し潤み、少し泣きそうな顔になる。そのまま何かを考えるような素振りを見せたあと、少し表情を緩めて言葉を返す。
「そう、、、それならそれでいい。 私はベティ、半年前に宿屋の主人に拾われて、今は給仕の仕事をしているわ 」
「ぼくはモレッド。 昨日まで勇者パーティーにいたんだけど、クビになったから、今はただのモレッドだ。 よろしく、ベティ 」
笑顔で自己紹介をするモレッドにベティは軽くため息をつく。
「あきれた、、、 モレッド、クビにされたうえに死にそうな目にまであってるのに、すごくヘラヘラしてる。 知らないと思うから教えてあげる。 今、この街じゃモレッドは立派なお尋ね者 」
「えっ、お尋ね者って、いったいどういうこと?? 」
ベティの説明によると、勇者パーティーが街を出たのが3日前。その理由が、犯罪を犯し、人族の領地に向かって逃亡した元勇者パーティーのメンバーを追跡・捕縛するということだった。
犯罪の中身は殺人と強盗で、ちょうどモレッドがクビになって死にかけた夜に起きた出来事だそうだ。
そこまで説明してベティは手配書をひらひらと懐から取り出す。そこにはいくぶん凶悪な顔立ちにデフォルメされたモレッドの人相書きがあった。
「そ、そんな、ぼくは人殺しなんて、、、 」
青ざめた顔のモレッドを見て、ベティは意地悪な笑みを浮かべる。
「現場にモレッドのナイフが残ってたから、犯人だと思われてるみたい。 違うと言うならモレッドがあの夜に何をしていたかを詳しく話してほしい 」
モレッドは3日前の夜の出来事を説明する。
途中、3日も荒野で寝ていたなんてとベティにあきれられたが、サイオンに斬られたことやエレナからもらった首飾りのことも包み隠さず話した。
「そう。 だいたいわかった。 そうしたら、さっさと誤解を解いちゃおう。 着いてきて 」
そう言うとベティはモレッドに魔法使いが着るようなローブと大きな三角帽子を被せ、小屋を出る。
どこをどう歩いたのか、10分程で2人は街の門の前にいた。
ベティは顔馴染みのように門番に話しかけ、この子の働き口を探すために街に入った日を知りたいと頼む。
モレッドはあたりをきょろきょろと見まわすが、案内してくれた門番はいないようだった。
ベティはモレッドの門の出入り時間と水晶での確認結果を書き写した紙に門番のサインをもらう。
この街では、これで働き口の身分証の代わりにできるらしい。
「さあ、ここでの用事はおしまい。次は宿屋に行く 」
「えっ、宿屋って、さっき捕まりそうになったばかりなのに? 」
きょとんとした顔で聞き返すモレッドにベティは自信満々で答える。
「もう捕まらない。 勇者は馬鹿。 こんな子供騙し、モレッドが街に戻った時点で終わりなのに 」
わけがわからないまま、宿屋に着くと、さっきの衛兵が数人の仲間を連れて、宿の中を見回っている。
ベティはそのうちの一人に近づき、声をかける。
「衛兵さん、衛兵さん、ちょっとこの出入りの記録を見てほしい 」
「ん、なんだ? ああ、給仕のベティか。
えーっと、この出入り記録は、、、
三日前の夜に街を出て、数時間前に戻ってきてるな。 魔狼が活性化するこの時期に無茶をしたものだな。 いったい誰の出入り記録だ?」
「ああ、この子のです」
と、ベティは唐突にモレッドの帽子をはぎ取る。
驚いたモレッドは慌てて顔を手で覆うが、衛兵の一人がモレッドに気づき大声を上げる。
「さっきのガキだ!事件の犯人だ!今すぐ捕らえろ!」
わっと衛兵が駆け寄ってくる。
衛兵はモレッドの周りを取り囲み、次々に飛びかかってくるが、モレッドはひょいひょいと身をかわし、いっこうに捕まらない。
(やっぱり、衛兵の動きが遅く感じる。 なんだろう? 不思議な感覚だな )
モレッドが戸惑いながら衛兵を躱し続けている様子をベティがニコニコしながら見守っていると、しびれをきらした衛兵の1人が剣を抜く。
「おのれ、先ほどといい、我らをバカにしているのか!」
衛兵がダンッと地面を蹴り、モレッドに斬りかかろうとした瞬間、「待て!」と出入り記録をもった衛兵が制止する。
制止をかけた衛兵が事件のあった時間にモレッドが街にいなかったことを説明すると、衛兵達は出入り記録を覗き込み、「どういうことだ?」「いや、これは、、」と議論を始める。
ひととおりの議論が終わると、衛兵の一人は門に出入りの確認に行き、最初にモレッドに斬りかかった衛兵がモレッドに謝罪しに来る。
はやとちりで大怪我をさせるところだったと言うと泣き始め、しまいには償いに自分の腕を斬ってくれと言い出したので、モレッドは丁重にお断りした。
宿屋の主人もやってきて勘違いで衛兵を呼んだことを謝罪し、お詫びにしばらく泊まっていってくれと言ってくれた。
「ほら、捕まらなかった 」
ベティが隣でニコリと笑う。
「私は今から夕食の準備をする。それが終わったら、あなたの元仲間たちがどうなったか聞かせてあげるから、しばらく待っていて」
ベティにそう言われ、モレッドは宿屋のロビーにあるソファに腰を下ろし、天井を見上げながら小さく呟く。
「疲れた、、、今日は本当に疲れた、、、」
昼過ぎに目を覚ましたにもかかわらず、この半日の目まぐるしさに疲れはてたモレッドは、そのままソファで船をこぎ始めるのだった。
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