第5話 追い打ち

 宿までの道すがら、門番は夜風をしのげる場所や手伝いを探している人、安い食堂などを教えてくれた。


 相変わらず口減らしで他の街から追い出された子供だと思われており、相づちを打ちながらモレッドは軽い罪悪感を覚える。


 (門番のおじさん、サイオン達と来たときは緊張した雰囲気だったけど、今日はすごく優しい人だったな。後でちゃんとお礼にいこう )


 宿に着くと門番が宿屋の主人にいきさつを説明する。やはり、口減らしの子供と勘違いされており、働き口が見つかるまで、手伝いとして宿におけないかと話している。


 宿屋の主人は、去年、1人受け入れた子がいるし、しばらくなら構わないと快く承諾してくれた。


 (なんだか、どんどん違う方向に話が進んでるけど、どうしようかな、、、 でも、よく考えると、勇者パーティーもクビになっちゃったし、今のぼくって要は無職で、それこそ口減らしにあった子供と変わらないような、、、)


 結局、モレッドは細かい説明をすることを止め、門番を見送った後、宿屋の主人に促されるがまま、裏庭にある水汲み場に向かう。


 宿にはサイオン達はおらず、夕方の客が来る時間帯までも少し間があるようで、宿全体がひっそりとしている。


 水汲み場で身体を洗い、服の血を落としていると、宿屋の主人がタオルと替えの服を持ってきてくれた。


「濡れたままでは風邪をひくからの、洗い終わったらよーく拭くんじゃぞ。服はここに置いておくからの。ん、坊主、どこかで見た顔じゃの、、 」


 そこまで言って宿屋の主人の表情が突然変わった。


 先ほどまでの優しい声色が嘘のように、宿屋の主人はありったけの声で外に向かって叫ぶ。



「衛兵ーー!! こっちじゃ、勇者パーティーの遊び人じゃ!! 口減らしの子供に化けて潜り込んできおった!!」


 あっけにとられるモレッドだったが、そんなことはお構いなしに、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら衛兵が宿屋の裏庭に入ってくる。


 衛兵は憎悪のこもった目でモレッドを睨むと、早口でまくし立てる。


「貴様、あれだけのことをしでかして、よくもなに食わぬ顔でこの街に戻ってきたな。抵抗するのであれば子供だろうが容赦はせん、その時は多少の怪我は覚悟してもらう! 」


 モレッドは何がなんだかわからず、思わず聞き返す。


「えっと、ごめんなさい。 何がなんだかわからないんですが、あれだけのことって、いったい何のことですか? 」



「何のこと、だと!? きっ、きさま! ばかにしているのかっ!! 」


 衛兵は怒って怒鳴りだし、モレッドが手に持っていたタオルを持ち変えた瞬間、怒りの表情で迫ってくる。


「何の反省も見られない上に抵抗までするなら、もはや情状酌量の余地もない!! 力づくで捕らえてくれるわ! 」


 衛兵の気迫にモレッドは思わず身構える。 


 ところが、衛兵はその気迫とは裏腹に緩やかに動き、振り下ろそうとする剣もひどく遅い。


(あれっ?? )


 モレッドは不思議に思いながら簡単に衛兵の剣を避ける。


 衛兵は真横に凪払うように剣を振るおうとするが、これまた遅く、モレッドは余裕を持って後ろに物がないかを確認してから後退する。


(どういうことだろう? こんなにゆっくり斬りかかってくるなんて、やっぱり子供だから手加減してくれてる? あ、もしかして、ぼく、新しい職業かスキルに目覚めた!? )


 モレッドは考え事をしながら、衛兵の剣を避け続ける。


 正直、不意打ちでもされない限りはまず当たらないのだが、このまま攻撃され続けるのもよろしくない。


「あの、宿屋のおじさん、、、」


 目を血走らせて向かって来る衛兵の説得は難しいと思い、先ほどまで優しい言葉をかけてくれた宿屋の主人に向き直るが、これまた興奮状態で「いけ!叩き斬れ!」と物騒なことを言っており、こちらも話を聞いてくれそうにない。


 これはどうしようもない。


 そう思ったモレッドは後へ大きく跳びはね、そのまま踵を返して逃走する。


 裏庭の柵を飛び越え、裏路地を走っていくと、後から何かを叫びながら衛兵が追いかけてくる。


 モレッドがスピードを上げると、あっという間にその声が遠くなり、やがて完全に聞こえなくなった。



「ふう、もう追いかけては来ないかな 」


 そう呟きながらスピードを落とし、路地の角を曲がろうとした時、



「わわっ! ちょっと危ない! 」


 角から出てきた女の子とぶつかり、女の子の荷物があたりに散らばる。


「ごっ、ごめんなさい。 すぐに拾いますから 」


 モレッドが慌てて荷物を拾い集めていると、女の子が顔を傾け、黒く長い髪が風に靡く。


「あっ、モレッドだ。こんなところで何やってるの? 」


 そう言われて顔を上げると、宿屋の給仕の女の子がにっこり微笑みながら立っていた。


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