第4話 荒野に一人


 太陽が空高く登り、そろそろ傾きかけようかという頃、モレッドは荒野の真ん中で目を覚ます。


 握りしめた盾の首飾りと、血に染まりズタズタに引き裂かれた服を見て、モレッドは昨夜の出来事を思い出す。


 この場所で自分はサイオンに斬られ、そのまま置き去りにされた後、生きながら魔狼の群れに食べられたはずだった。


  


 「生きてる、、? なんで、、? 」



 意識を失う前に人影を見たような気がするが、何があったのか、なぜ生きているのか、何ひとつ思い出せない。


 モレッドの手の中で、盾の首飾りがじゃらりと音をたてる。



 「エレナの首飾り、、君が守ってくれたのかい? 」



 モレッドは手のひらの首飾りをじっと見つめ、ただの遊び人の自分が、勇者であるサイオンからあれだけの攻撃を受けても生きていたことことを思い返す。


 痛みがないことを不思議に思い、斬られたはずの身体を確認すると、完全ではないが傷が塞がっている。



(うん、きっとそうだ。ありがとう、エレナ )



 モレッドは心の中でエレナに感謝しながら、ゆっくりと体を起こす。



 辺りを見渡すと、昨夜、モレッドを囲んでいた魔狼達が死体になって転がっている。


 100体近い大型の群れだったようで、見渡す限り魔狼の死体が転がっている状況だ。



「うわーーー、すごいな。いったい誰がこんなことを、、 」



 周りに人影はなく、見えるのはただただ魔狼の死体と荒れ果てた大地。


 モレッドは魔狼を倒してくれたであろう誰かのことを考えたが、しばらくすると「まあいいや」と言った表情で散乱した手持ちの道具や衣服の破片を拾い始める。



「わからないことだらけだけど、とりあえず街に戻らなきゃな。せっかく助かったのに、また魔物に襲われるのはごめんだ 」



 ボロ布のようになった上着を羽織り、モレッドは身支度を整える。



「えーっと、魔王城があっちだから、街は反対方向でこっちか 」



 悠然とそびえる魔王城を背に、モレッドは街に向かって歩き出す。




 が、10数メートルほど歩いたところで、魔狼の死体の前にしゃがみこみ、まじまじとその様子を観察しだす。



「あれ、この辺りから魔狼の様子が変わってる、、


 ここまでは体のどこかを吹き飛ばされたみたいな状態だったのに、こっちは体に傷もないままで死んでるぞ。


 焦げた後もないから、雷魔法のような傷が残りにくい方法で殺されたわけでもなさそうだし、、 」



 ぶつぶつと独り言を言いながら、モレッドはぶるっと体を震わせる。



「誰がどうやってやったのかまったくわからないな、、、 まあ、ぼくを魔狼から守ってくれたんだから、きっといい人なんだろうとは思うけど、、、

 何なんだろう、この倒し方は、何というか、、、 」



 あたり一面に転がる魔狼の死体、そのどれもが体の一部を吹き飛ばされるか、さもなくば傷1つないという、ある意味異常な殺され方をしている。


 モレッドは思わず身震いすると駆け足になり、次第に速度を上げて街へと向かう。



 魔物に教われるかと思って身構えていたモレッドだったが、途中で1度だけ、弱りきったゴブリンの群れに遭遇しただけだった。



 そのゴブリン達もなんだかひどい病気にでもかかったかのように弱っており、とても戦える状態には見えなかった。



 ただ、モレッドも丸腰だったうえに、つい先日死にかけたばかりだったということもあり、ゴブリンと戦う気にはなれず、少し迂回して全速力で素通りする。



 その後もモレッドは走り続け、ラドームの門までは5分とたたずに到着した。門から少し離れた位置でつっ立ったまま、モレッドは首をかしげる。


 


 (昨日は30分は歩いたはずだし、ゴブリンのところでは少し遠回りしたんだけどな、、、 もしかして、サイオンのやつ、実は道に迷ってたのかな?)



 門に近づくと、門番が警戒した様子でモレッドを見ている。



 魔物の出る荒野から来たのに、武器も防具も身に着けておらず、持ち物はボロボロの衣服と小さな腰カバンだけ、そのうえ全身血まみれとくれば警戒されて当たり前だ。


 モレッドが門まで10メートルほどの位置まで近づいたところで、門番に制止され、そのまま状況を説明をするように指示する。


 モレッドはサイオンに襲われたことは言わずに、少し作り話も交えて門番にいきさつを説明した。


 昨夜、荒野で見知らぬ剣士に襲われて傷を負い、その剣士からはなんとか逃げ切れたが、そこを今度は運悪く魔狼の群れに襲われた。


 腹に噛みつかれ死にかけていたところを、今度は謎の魔法使いに助けられ、その魔法使いは周囲にいた魔物まで一掃してくれた。


 その後は岩影に隠れて夜を明かし、明るくなってからは魔物から逃げ回りつつ、命からがら街までたどりついた。


 身振り手振りで話すモレッドに門番は時折相づちを打ちながら、遮ることなく最後まで話を聞いてくれた。


 さすがに疑われるのではないかと心配していたが、人のいい門番はあっさりモレッドの話を信じてくれた。


 どうも口減らしにあった子供と勘違いされたらしく、話終わった後には「おまえも大変だったんだな。」と肩を叩かれた。


 その後、門に備え付けられている水晶玉で犯罪歴だけを調べて、すぐに街にいれてくれるだけでなく、そんな格好では街のみんなが驚くと外套まで貸してくれ、汚れを落とすといいと宿の水場まで送ってくれた。


 こうして、勘違いさせたままでいることに若干の罪悪感を覚えつつ、モレッドは無事にラドムの街に帰還した。

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