第3話 魔狼と少女


 サイオンが去ってから数分もしないうちにモレッドは周りを魔狼の群れに囲まれる。


 リーダーらしき魔狼がモレッドの腹に噛みつき、肉をむさぼり始めると、痛みがモレッドの意識を引き戻す。


 なんとかして腹の魔狼を引きはがそうとするが、ほとんど力が入らず、ただ魔狼の毛を掴むだけになってしまう。


 今際の際、モレッドの頭の中を旅の記憶が走馬灯のように駆け巡る。


 ラドームに来る途中でSランクの魔物に遭遇したが、エレナが対策を準備してくれていたおかげでなんとか魔物を撃退することができた。


 エレナ自身もうまくいくかは半信半疑だったようで、去っていく魔物を見て、しばらく呆然とした後、二人で大笑いした。


 ひとつ前のメキドの街では、モレッドが夕食にしようと持っていた魔物の肉をサイオンが嫌がらせで捨ててしまい、エレナがカンカンに怒っていた。


 結局、サイオン達は悪びれることもなく、酒場にいってしまったのだが、その後、エレナがこっそり商店で肉を買ってきてシチューを作ってくれた。


 サイオンの財布からくすねてきたお金だと言われて、その時も二人で笑いあった。


 もう1つ前、そのもう一つ前も、記憶の中のエレナはいつもモレッドを助け、微笑んでくれていた。


 思い出を反芻しながら、モレッドは声にならない声で呟く。


(エレナ、、ごめん、、)



 ふと、モレッドは今日、夕食を共にした宿屋の少女を思い出す。


 黒い髪を丸く束ね、整った顔立ちで控えめに笑う少女だった。年の頃は自分と同じくらいだろうか。


 前にどこかで会ったことがあるような気がするが、はっきりとは思い出せず、きっと記憶がない勇者パーティーに入る前のことなんだろうと思う。


 そういえば、名前を聞いていなかったと気づき、次に会えた時に聞けばいいかと思い直す。




 少しずつ感覚が麻痺し、痛みを感じなくなってきたモレッドの視界に、突然、宿屋の少女が映る。


「モレッド、何やってるの? 死にかけてるよ 」


 少女はモレッドの横にしゃがみ込み、上から覗き込むような姿勢でそう呟く。


 驚いて何か言おうとした瞬間、少女は視界から消える。


 ふいに腹をむさぼられる感触がなくなり、次の瞬間、魔狼はモレッドの腹に突っ込んでいたクビから上を吹き飛ばされ絶命した。


「あんた達、モレッドになにしてるの 」


 少女は静かに、しかし怒気をはらんだ声で、周囲の魔狼を威圧する。


 そこからは圧巻だった。


 魔狼達は少女の周りを素早く動き周り、矢継ぎ早に攻撃をしかけるが、少女はその全てに反応し、襲い来る魔狼に魔法を放つ。


少女がその手に持った小ぶりな杖を左右に振る度、黒い光が放たれ、魔狼が一体、また一体と消し飛んでいく。


 いとも簡単に吹き飛ぶ魔狼に無機質な視線を送りながら、少女は小さく呟く。


「相変わらず、すごいスキル、、、 Aランクのはずの魔狼がまるで紙屑みたい、、、 」



 10体ほどの魔狼を倒したところで少女はモレッドの方を振り向き、苦々しい顔で呟く。


「でも、これじゃ間に合わないか、、、 」


 そう言うと、少女は飛びかかってきた魔狼の腹に大穴を開け、モレッドの隣に置く。


「モレッド、死にたくなければそいつを殺して 」


 魔狼の目にはまだうっすらと光があり、わずかだが身体を動かそうとしているのがわかる。


 こいつもまた、生きるために必死でもがいているのだ。


 モレッドは残った力を振り絞って盾の首飾りを握りしめる。


 ゆっくりとその腕を突き上げ、盾の首飾りを真っ暗な空に向かって掲げる。


 雲間から月が顔を出し、盾の首飾りが深く青い光を放つ。


 そこまでだった。


 もうモレッドには魔狼へその腕をたたきつけるような力は残っておらず、ごぼっと血を吐き、腕に込めた力を抜ける。


 モレッドの目から光が消えかけるのと同時に、首飾りを握りしめた拳が魔狼めがけて落ちていく。


ザシュッ! 


 弱々しく、しかし確実に青く輝く小さな盾が魔狼の目に食い込み、その目からわずかに残った光を奪った。


「頑張ったね、モレッド 」


 少女は優しく微笑んでそう呟く。


 隣に腰を下ろした少女に頭を撫でられながら、モレッドの意識は深く深く落ちていった。



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