第2話 勇者の適性
「――さて、今日の授業は昨日の続きですね。この世界、アストラは女神メルトの加護によって成り立っている世界です。メルトはこの世界を創り、今も神域で見守ってくださっています」
教室では、ケロンが黒板にチョークで文字を書いているのを、子どもたちが懸命に羊皮紙に書き記している。
カイナも、ケロン教室のおかげで、アストラ語をだいぶマスターし、読み書きだけでなく、簡単な会話も可能になった。
「そして、女神メルトは世界を危機から救うため、異世界からイレギュラーを召喚し、この世界に送り込んでいるのです。例えば、そこにいるカイナくんのように」
ケロンの言葉に、小学生くらいの子どもたちが一斉にバッとカイナのほうを振り向く。
カイナは照れくさそうに下を向いてしまった。
「ふふ。カイナくん、もっと自分を誇っていいのですよ。君は女神に選ばれし人間なのですから」
「はあ……」
そもそもカイナには、なぜ自分が選ばれたのかがサッパリだった。
彼は特別、格闘術や剣道を習っていたわけでもない。もちろん、魔法なんかも使えない。
この世界に来たら自動的に魔力が身につくとかではないのかな、と首を傾げていた。
「そして、勇者候補として召喚されたイレギュラーは、まずここ、『はじまりの街』スタルトに転送され、冒険の旅を始めるのです――」
不意にチリンチリンと鈴の音が鳴った。授業終了の合図だ。
「おっと、今日はここまで。次回までに予習復習をしておいてくださいね」
はーい、と子どもたちは元気に挨拶をすると、鞄の中に教科書とノートをしまって、一目散に教室を飛び出していった。
あとに残ったのはカイナとケロンだけだ。
「それでは、私たちも帰りましょうか」
「はい、ケロン先生」
宿に泊まろうにもお金すらないカイナを、ケロンは快く自分の家に迎え入れてくれた。
「イレギュラーは世界を救う使命を負ったもの。本来は歓待すべき存在なのです」とケロンに引き取られて、彼の家で共同生活を送ることになったカイナは、それなりに快適な暮らしをしている。
「よぉ、カイナ! 勇者の試験はいつ始まるんだ? 俺も応援に行くからな!」
「あー、アリガトゴザイマス」
カイナはたどたどしいアストラ語で、懸命に話す。
それをケロンは隣で微笑ましく眺めていた。
カイナは、日本語を話せるケロンに自国の言葉で話しかける。
「ケロン先生、勇者の試験というのは?」
「勇者候補が必ず受けることになる、適性試験です。勇者にも色々種類がありましてね。近距離なら剣技や格闘技、遠距離なら弓矢や魔法などなど……。他にも細かく分類されますが、勇者というものは何かしら攻撃手段があるものです。たまに『盾で殴る』なんてユニークな力技もありますが」
ケロンの言葉に、カイナは考え込んだ。
自分は筋力にはそれほど自信がない。剣ですら重くて持てるかどうか怪しいところだ。
果たして、自分に勇者の適性なんてあるんだろうか?
「適性試験は、明日の夕方、私が執り行います。君は緊張せずに、リラックスして取り組んでくださいね」
そんな言葉で到底リラックスできるとは思えないが。
カイナはとにかく、自分の適性を知りたくて、明日の夕方が待ちきれなかった。
――そして、次の日の夕方。
授業を終えて、ケロンと向かったのは街の大広場。
周りには勇者候補を一目見ようとギャラリーがわんさか集まっている。
広場の真ん中には噴水のある池が設置されていて、ケロンはその池までカイナを案内した。
「カイナくん、この池に手を入れてみてください。池の光の色で、君の適性を診断します」
どうやら、勇者候補が池に手をいれると、池が光るという仕組みになっているらしい。
カイナはそっと、冷たい水に手を差し入れた。
「……」
「…………」
カイナも、ケロンも、周囲の民衆も、みな押し黙っている。
池が、光らない。
「どういうことだ、ケロン」
立会人として池のそばに立っていた、地方領主――つまり、この街の長が、厳かな口調でケロンを問いただした。
ケロンは顎に手をやり、首をひねる。
「……どうやら、カイナくんには勇者適性がないようですね」
「えっ!?」
カイナはケロンのあっさりした口調に驚いた。
ギャラリーもざわついている。
「たしか、カイナくんは女神メルトに『永遠の命』を授かったとか」
「あ、はい……」
「となると、彼の手持ちスキルはその『永遠の命』だけということになりますね」
ギャラリーがしん、と静まった。
カイナは恥ずかしさと焦りで冷や汗をかいている。
今すぐここから逃げ出したい衝動に駆られた。
「つまり、この少年には、取り立てて戦闘に役立つスキルもない、ということかね?」
「そうなりますね」
平然としているケロンに、地方領主はギロリと睨みつける。
「冗談じゃない。戦う力を持たない勇者など聞いたことがないぞ。回復スキルなどもないのかね?」
「なさそうですね」
地方領主は、ハァ……と大袈裟にため息をつく。
「わかった、もういい。これにて、勇者の試験を終了とする」
領主の宣言を合図に、ギャラリーが散っていく。
あとに残されたのは領主とケロン、そしてカイナだけだ。
「ケロン、その勇者候補――いや、勇者ではないんだったな、イレギュラーをよろしく頼む」
「はい、おまかせを」
領主が立ち去ったあと、カイナは池のふちに座り込んでしまった。
「僕、勇者じゃないのか……」
「落ち込むことはありませんよ。もし勇者だったら、この街を出て、戦いの最前線に引っ張り出されていたところです。私はこれでいいと思っていますよ」
ケロンがカイナの肩に手を置く。指先の吸盤が、ぺたりと服にくっついた。
〈続く〉
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