第28話 怪盗からの予告状
玄関で立ち話もなんだということでヘレーネ皇后陛下を応接室に案内する。
すると、彼女は部屋に入るなり、壁一面に並んだ『水晶探偵アメトリン』シリーズに目を輝かせた。
「すごーい! 全巻揃ってるの?」
「さすがに全巻は……。手に入りうる全ての巻を揃えましたが、プレミアが付いているものは買えませんでした」
「でも凄いわ! ここってアメトリン図書館ね!」
目を輝かせながらソファーに座る皇后陛下。こんなにも楽しげにされるなんて、驚いてしまうほどだ。だが、その自由さは確かに彼女の魅力である。
皇后陛下の前に、ポレットが香りのいい紅茶を置いた。
「ありがとう。ポレットちゃん。そういえばどう? 名探偵の助手になった感想は。あなたずっと、名探偵の助手になりたい名探偵の助手になりたいって言ってたものね」
「はいっ」
ピシッ! と音がしそうな勢いで背筋を伸ばして敬礼するポレット。
「とても充実しておりますっ! 仕事を紹介して下さったアステル殿下には感謝してもしきれませんです!」
「アステルもいいことをしたわねぇ。ほんと、ポレットちゃんって名探偵の助手にピッタリよ! ポレットちゃん、シルヴィアちゃんについて助手業を思う存分なさいなさいね」
「はいっ、シルヴィア所長という名探偵の捜査と推理のお手伝いなら私にお任せを、ですっ!」
そんな二人に向かって、私は思わず息をついた。
「名探偵といっていただけるのはとてもありがたいのですが……。私はまだ名探偵と呼べるほどの実績はありませんわ、難事件を解決こともありませんし」
「なにをおっしゃるの、シルヴィアちゃん」
「そんな謙遜、所長には似合いませんよ!」
双方から反発をくらってしまう。
ちなみにディアンは私の後ろに黙って立っていた。彼はお喋りな質ではないらしく、私たちの会話を顔色も変えずにじっと黙って聞いている。
「ハルツハイムでのあなたの活躍、ちゃんと聞いてるわよ!」
皇后陛下は両手を組み合わせて、うっとりとした表情でその細い目をさらに細めた。
「ご自身にかけられた殺人未遂容疑を完膚なきまでに晴らして、真犯人を当てたのでしょう? それって名探偵ってことじゃない?」
「大したことではありませんわ。たまたま相手の証言に穴があっただけですので」
「あらまぁ!」
皇后陛下は、まるで観劇でもしているかのように、大げさに身震いした。
「そんな台詞、私も言ってみたいものだわねぇ!」
「まったくです。くーっ。助手として私もその場に居合わせたかったー!」
二人できゃいきゃいとはしゃいでいる。
確かにルミナ様の証言を崩したのは犯人当てではあるけれど……。
でも結果的にはルミナ様を取り逃がしてしまったわけだし、あんまり大々的に喧伝する気にはなれないわね。
「それに所長ってば怪盗と対決したんですよね? それってもう、名探偵ってことですから!」
「……その怪盗に、私は負けて誘拐までされたのよ?」
それをアステル殿下に助けてもらった――という、そういうストーリーを、私とアステル殿下は作り上げ流布したのである。
「リベンジ! リベンジよシルヴィアちゃん! 怪盗とまた対峙して、今度こそ勝つの。諦めないその心が名探偵を作るのよ!」
ぐっと拳を握り込んだ皇后陛下だったが、ふと思い出したように細い目を瞬かせた。
「――っと、怪盗怪盗、その因縁の怪盗の話だったわ」
そんなこと言いながら陛下が華奢なバッグから取り出したのは、一通の封筒だった。
「これよ、これが本物の予告状よ!」
「では、拝見いたします」
受け取った封筒の表書きには、ずいぶん派手に崩した文字が書かれていた。宛先は『ヴァルフリート・ビュシェルツィオ』と読める。
アステル殿下ったら、お父様であらせられる皇帝陛下に予告状出したのね……。つまり、自分の家の宝を、自分がいただくってことよね。それってどうなのかしら。単にご実家であるビュシェルツィオ皇家に迷惑をかけるだけじゃないの?
そう思いながらヘレーネ皇后陛下の顔を見れば、期待に満ちた視線とかち合ってしまった。
「なかを見て、見て」
陛下の押しが強い。こんな真剣な場面でさえ無邪気に興奮している彼女を見て、改めて『皇后陛下らしいな』と感じた。
怪盗から予告状が来てはしゃぐ――そんな不謹慎な態度もまた、彼女らしい飾らない魅力なのだ、と。
「かしこまりました」
と、その前に裏返して差出人をチェックする。裏面にはなにもなく、剥がされたあとのある封蝋ですら、ロウを垂らしただけの素っ気なさだった。
そこで私は、なんとなくだけど、違和感を覚えた。
アステル殿下がこんな味気ない予告状を出すかしらね……? あの人って凝り性で案外派手好きなのよ?
それが、こんなにも、わざとらしいほどに簡素だなんて。
「……拝見いたします」
一言断って、中に入っているカードを引き出す。
その白いカードには、黒いインクで、かろうじて読めるのたくった文字が記されていた――。
『ルートヴィヒ・エーバーハルト作『湖畔の愛』を、譲渡の儀にていただくことにした。
怪盗皇子ブラックスピネル』
なにかおかしい――と勘が告げた。
彼の出した予告状は初めて見るけれど……。
アステル殿下にしては、やっぱりなんだか妙にあっさりしすぎているような気がしたのだ。
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