第24話 閑話:アステルからのプレゼントその2「七つ道具」

 急な翡翠鳩の出現により、ポレットがパニックになってしまった我が白鷲探偵事務所。

 そこにちょうどやってきたアステル殿下なんだけど……。


 それが、かえって良かった、なんて。どういうこと?


 首を傾げる私に向かって彼は言った。


「ええとね、順を追って説明すると。君に宝石の名付けを頼んだだろう?」


「はい」


 それが本来のアステル殿下来訪の目的だった。


 私はピンクダイヤモンドの首飾りの名付けを頼まれ、その結果を聞きにアステル殿下は来られたのだ。決して、この翡翠鳩騒動に参加するためではない。


「じつはあの宝石、君にプレゼントするつもりだったんだ。名付けの報酬代わりにね。お洒落な計画だろ?」


「えっ」


 あのピンクダイヤモンドの首飾りを、私に?


「で、ですが殿下、あの首飾りは……」


 いまは防犯のために探偵事務所内の金庫の中にしまってある首飾りだけれど……。

 あの首飾りは10年もの間、盗難の憂き目に遭ったものだ。今度こそ持ち主の手のもとに長くいさせてあげたいわ。


 アステル殿下は私の表情を見て、穏やかに頷いた。


「ああ。父に相談したら、『それは譲れない』とはっきり言われたよ」


「そうですか」


 思わずホッと胸をなで下ろす私。


「ヴァルフリート皇帝陛下の判断は当然ですわ。あれはとても高価なものですし、そう簡単に譲渡できるものではありません。そもそもあの宝石は、あなたの持ち物ではなく陛下のものなのでしょう?」


 陛下のというか、名目上はビュシェルツィオ皇家の所有であるが。


「まあ、そういうことだね。君に名付けてもらったら、しばらくは金庫のなかに仕舞いっぱなしにする予定らしい。せっかくウチに戻ったのに誰も身につける予定がないなんて、ちょっともったいない気はするけど……。まあ、それはいいいや」


 アステル殿下は少し肩をすくめて言ったあと、再び微笑んで続けた。


「それで代わりといってはなんだけど、君には僕から別の首飾りを贈りたいと思ってね。これは仕事の報酬としての正当なものだから、胸を張って受け取ってほしい。あ、それとは別に、少額ではあるが金銭での報酬もつけるつもりだよ」


「まあ、ありがとうございます」


 そんなに気を遣ってくれなくても……とは思う。嬉しいは嬉しいんだけどね。

 こうしてビュシェルツィオでの拠点となる屋敷をいただけただけだけでももの凄いプレゼントなのだから。ほんと、何から何まで……。ありがたい話だわ。


「これにはちょっとした……いや、説明より先に現物を見たほうがいいか。いま必要な物だからね。どうぞ」


 そう言って殿下が渡してくれたのは、丁寧に包まれたプレゼントボックスだった。


「いま必要……?」


「そう。即効性あるよ、それ」


 いったい何が入っているというのかしら?


「さ、早く開けて開けて」


 戸惑う私に、自信たっぷりにプレゼントボックスを指し示す。


「では、失礼いたします」


 私は戸惑いながらも言われたとおりリボンをシュルシュルと緩め、包装紙を剥がしていく……。


 そして、不思議に思いながら箱を開けると、そこには……。


「まあ……」


 私が思わず感嘆の声を上げるほど、それは見事な細工の首飾りだった。


 プラチナ製だろうか? とても繊細な作りに、大粒の宝石の七つ連なってキラキラと美しく輝いていた。赤、紫、青、緑、黄、白、黒と、すべて色が違っている。


「カラフルですわね」


 思わず率直な感想を言うと、殿下は満足したように頷いた。


「うん。綺麗だろ? ほんとは僕の目の色に合わせてトパーズ一色にしようかと思ったんだけど、それだと覚えにくい・・・・・かと思って」


「覚えにくい……?」


 なにを言っているのかしら、この皇子様は?


「ちょっといいかな? ここをこうして、こうすると……」


 殿下は私から首飾りを受け取ると、白い宝石の台座部分をいじりはじめた。


「それで、ここの金具を押しながら外して、現れたこのボタンを……」


「あっ」


 思わず声が出てしまう。なんと台座から小さな突起が現れたのだ。殿下が引っ張り出すと、それは笛になった。

 白い宝石が台座ごと小さな笛になったのだ。


「こ、これはいったい……?」


「鳥笛だよ。あの鳥に向かって吹いてごらん」


 と7色の首飾りごと小さな笛を渡してくる殿下。

 それを受け取って、私は息を吸い――。


「――――――――――っ!!」


 笛は音を発さない。ただ、私の息が吹き抜ける音だけがした。


 ――の、だが。


 翡翠鳩への効果はてきめんだった。鳩は首を傾げ、すぐに翼を広げて降りてきたのだ。


「ぎゃあああっ!!!!」


 ポレットが悲鳴をあげて部屋の隅に逃げる。

 その騒動のなかを、翡翠色の鳩は私の眼の前に来た。腕を上げると、そこにさっと優雅にとまる。


「これは……!」


「翡翠鳩は鳥笛で来るように訓練されているからね」


「いえ、この首飾りは、いったい……?」


 驚きながら、私は手の中の首飾りを見つめた。白い宝石が、鳥笛になった!?


 アステル殿下が自信たっぷりに笑う。


「面白いだろ? 探偵七つ道具ってやつさ。探偵として活躍する君のために作ってみたんだ」


「!」


「一つの宝石に一つの仕掛けを施してあるんだ。七つあるだろ? だから七つ道具ってわけ。あとで使い方を教えるよ」


 え、凄い。なにそれ。探偵七つ道具ですって? ほんとに? これ、そんなに凄い首飾りなの!?


「で、殿下……。これを私にいただけるのですか!?」


「ああ。名付けの報酬にね。きっと君はピンクダイヤモンドの首飾りよりも探偵七つ道具を仕込んだ七連首飾りの方が喜ぶだろうな、と思ってさ。作ってみたんだ」


 もう、もう……。なんて素敵なプレゼントをくれるのよ、この人ったら!

 こんなにも私の好みを分かってるなんて。さすがアステル殿下だわ!


「……ありがとうございます殿下。本当に素敵な贈り物ですわ。大切にしますわね!」


「大切にするよりもガンガン使ってくれよな。消耗品は言ってくれれば補填するし、修理や改造はいつでも承るからね」


「え、これってアステル殿下が作られたのですか?」


「ああ、そうだよ。こういう細工は得意なんだ」


 なんてウインクするアステル殿下。


 殿下が私のために心を砕き、どれほどの手間と時間をかけてこの首飾りを作ってくれたのか……。その光景を想像したら、胸に感動が広がっていく。


「……本当にありがとうございます、殿下。この七つ道具、必ずや使いこなしてみせますわ」


 私はさっそく、銀の鎖を通して首にかけてみる。


 ――と思ったが、まずは腕に止まらせた翡翠鳩を接客室のすみにある鳥かごに移した。


 伝書鳩による手紙のやりとりは財力のある上流階級の間では一般的なものなので、執務室や書斎にはたいていこうした伝書鳩用の鳥かごがあるのだ。


 それから改めて、プラチナの鎖を首に通してみる。


 首飾りが私の胸元に輝く。赤、紫、青、緑、黄、白、黒――それぞれの色がそれぞれの煌めきをまとっているのに互いに反発することもなく、調和の旋律を奏でて一つの首飾りとして共鳴している。まるで私ためだけに集まった特別な光が、首元で仲良く踊っているようだった。


「似合いますかしら?」


 思わず尋ねると、アステル殿下は満足そうに頷いた。黄金色の瞳を満足げに微笑ませ、抑えきれない笑みが口元を優しく彩っている。


「ああ、とても似合ってるよ。ちょっと自画自賛してもいいかな?」


「どうぞどうぞ」


「さすがにカラフルすぎるかと思ったんだが、どうしてどうして、君によく似合ってるよ。君はどんな色でも着こなすね、シルヴィア。自分を信じて、思い切って七色にしてよかったよ」


 殿下の言葉に思い当たることがあった。


『ほんとは僕の目の色に合わせてトパーズ一色にしようかと思ったんだけど、それだと覚えにくい・・・・・と思って』


 あれは、七つ道具のことを言っていたんだわ。


 うん、殿下の見立ては正しい。

 私にはトパーズ一色よりこちらのほうが合っている。


 確かに全ての宝石が同じ色では、どの宝石がどの秘密道具かこんがらがってしまうもの。そんなの覚えておく自信がないわ。この首飾りが別々の色で本当によかった。


 ああ、いいものを貰ってしまった……!


 そこでふと、殿下は周りを見渡した。


「……ところでポレットは? やけに静かだけど」


「そういえば。ポレット? どこにいるの?」


 私たちが振り向くと、本棚の前で座り込んだポレットがいた。彼女は顔を引きつらて、じっとこちらを見ている。だが微動だにしない。


「え? ちょ……、ポレット、大丈夫?」


 思わず声を掛けてポレットの顔を覗き込む私。


 ……が、それでもポレットは固まってしまったように瞬きもせず、顔には驚きと恐怖を張り付かせたままだた。


 殿下が軽くポレットの眼の前で何度か手をパンパンと叩いてみたが、やはり反応がない。彼は数度ポレットの方を揺すってから、首をすくめた。


「駄目だ、気絶してる。びっくりしすぎたんだな」


「……鳥ですか……」


 私は鳥かごの中の翡翠鳩を見た。鳩は、こてん、と首を傾げる。まるで「私が何かしましたか?」とでも言っているみたいだ。


 ああ、よほどショックが大きかったのね、ポレット……。


「可哀想なことをしてしまいましたわ」


「とりあえず、寝かせて様子を見よう。重体そうなら医者を呼ぶ。それから、目が乾燥するといけないから目は閉じさせないと」


「わかりました。ええと……」


 見渡すと、すぐそこにちょうどいいソファーセットの長ソファーがある。


「そこに寝かせましょう。毛布は私が持ってきます」


「ああ、頼んだよ」


 殿下はポレットを横抱きにして抱えると、ソファーに向かって歩き出した。


 殿下と二人でポレットの世話をしていると、なんだか充実した気持ちになる。一つの目的のために手分けして仕事をするのは、とても心地よいものだった。


 さて、ポレットを寝かせたら、次はいよいよ翡翠鳩が持ってきてくれた手紙を見ましょう。


 いったいどこの誰が、結果としてポレットをこんなことにしてしまったのかしら。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る