第13話 怪盗誘導作戦
「……」
私は怪盗が立っていたシャンデリアを見上げたまま、黙り込んでいた。暗闇に溶け込むようにして消えていったが、まだそこに残っているような気がしてならない。
なにより、頭の中でさっきの言葉が何度も反響し、そのたびに違和感が強くなっていく。
うーん……、さっきの台詞といい、あのシャンデリアといい、やっぱりおかしいわよね……。
「シルヴィア様、どうかさなれましたか?」
衛兵の問いかけに私はハッと我に返り、軽く首を振って答えた。
「あ、いえ。変だな、と思いまして」
「?」
「あの怪盗、まだあそこにいませんか?」
とシャンデリアを扇で差せば、衛兵も一緒に見上げて目を細めた。
「……さぁ、暗くて僕にはよく分かりませんが」
「それにさっきの言いぐさも引っかかります。あれではまるで……」
「殿下ぁ!」
突然、ルミナ様が甘ったるい声を出してルース殿下にすり寄ろうとした。しかし腕を衛兵に捕まれているせいで、身動きがとれないでいる。
それでもルミナ様は嬉しそうにきゃぴきゃぴと言葉を紡いだのだった。
「ルミナ、いいこと思いつきましたんですけど! 聞いて下さいます?」
ルミナ様ったら、また令嬢の皮を被って……。
でも思いついたって、いったい何を?
「おお、なんだルミナ」
ルース殿下はパッとルミナ様の言葉を聞く、甘やかしモードに入ってしまった。
は?
ちょっと待ってくださいなルース殿下。あなたルミナ様に騙されたばかりでしょうに……。
それなのに、なにあっという間に元に戻っているの、この人。
呆れている私の前で、二人は話を進めていく。
「あのおっかない怪盗さん、ルミナの首飾りを狙ってるみたいですわねぇ」
「お前の首飾りではなく王家の首飾りだがな。さて、あいつが降りて奪いに来る前に対策を考えなければ……」
「そ・こ・でぇ、ルミナから提案があるです! ……ああん、取れないですぅ」
ルミナ様は腕を首の後ろに回した。
首飾りをとろうとしているのだ。
が、衛兵に片腕を捕まれているため片手である。片手ではうまくできないのは当たり前だ。
「お手伝いしますわ」
なにを考えているのか分からないが、とりあえず不便そうなので申し出てみる。だが彼女は私を制し、ルース殿下に可愛らしい視線を向けた。
「シルヴィア様よりもぉ、殿下に手伝ってもらいたいですぅ」
「ああ、うむ」
請われたルース殿下は薄闇のなかでも分かるくらいハッキリと鼻の下を伸ばして、ルミナ様の背後にまわり、うなじに指をかけた。
「うふふ、くすぐったいですー」
「こら、そんなにくねくね動くのではない。ただでさえ暗いのだからな。まったく、お前はしょうのない奴だ」
「うふふ、きゃふふー」
キャッキャするルミナ様と、そんな彼女にまんまと載せられてまんざらでもなさそうなルース殿下。
殿下好みの女の子の演技をして、なにを考えているのだろう。
しかしまあ、これはこれで見上げたものである。そしてそれにまんまとハマるルース殿下は、本当にどうしようもない男だ。先ほど彼女の本性を見たばかりだというのに……。
さて、ルミナ様はなにを考えているのか。
「……よし。取れたぞルミナ」
「じゃあその首飾り、ルース殿下にお返しするですっ」
ルミナ様が首飾りを渡すと、ルース殿下は嬉しそうにそれを受け取った。
「ありがとう、ルミナ。よく決心してくれた。しかと受け取ったぞ」
ルミナ様は微笑んで「どういたしましてですぅ」と言ったかと思うと、次に意外なことを口にした。
「でっ、早速なんですけどぉ、ルミナは逃げようと思いますの」
「は?」
これにはさすがのルース殿下も聞き返していた。
「首飾りを返したから自分を逃がせ、という司法取引……か? 俺はそんな取引に応じたつもりはないのだが」
殿下が半ば呆れたように訊ねると、ルミナ様は得意げに微笑んだ。
「殿下っ、ルミナが逃げるのは司法取り引きなんかじゃありませんの。いいですか、ルミナが逃げるのは怪盗誘導作戦の一環ですのよ」
「「「怪盗誘導作戦?」」」
私、ルース殿下、そして衛兵が声を揃えて驚きの声をあげる。
なにその作戦。ルミナ様はなにを考えたっていうの?
理解が追いつかないわ。
「いま、ルミナは殿下に首飾りを渡しましたわよね?」
「ああ。確かに返してもらったぞ」
「でもそれを怪盗は知りません。だからルミナ、これから大声で叫びながら逃げようと思いますの。そしたらあの怪盗さん、ルミナを追ってきますよね。だってルミナが首飾りしてるって思ってるんですもの」
ああ、なるほど。つまり囮になるつもりなのね。さすがはルミナ様、小賢しいことを考えるものだ。
やっぱり人を罠にはめようとした悪党の考えることは違うわね。
いえ、褒めてるのよこれは。
……ってそうはいくか! そのまま逃げるつもりでしょ、これ!
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