第12話 予告状
「私の予告状は読んでくれたかな、ルース君!」
参加者が作り出す大騒動のなか、怪盗の声はどこまでも届くように朗々と響いていた。
「くそっ、あれは本当だったのか……!」
ルース殿下が悔しがる様子が、星明かりの薄闇名か、うっすらと読み取れる。
――夜会に訪れている観客たちが私たちを避けて出口へと殺到しているため、私達の周りは中州のようにぽっかりと空いていた。
って、そんなことより!
「予告状? 一体どういうことです、ルース殿下!」
思わず詰め寄る。そんなこと、一つも聞いてないわよ!
「ああ、なんかそんなもんが届けられていたんだ。てっきり貴族のおふざけだとばかり……」
「何故そのような面白、いえ重要な事を教えてくださらなかったのですか! 私は探偵令嬢ですよ? 探偵といえば対怪盗の専門家でもありますのに!」
いいながら、私は興奮が高まっていくのを感じていた。
怪盗! なんて魅力的で罪深い響き! 探偵の活躍にピッタリじゃないの!
実際、私の大好きな水晶探偵アメトリンシリーズでも、令嬢探偵アメトリンは宿命のライバル怪盗ルピナスと何度も死闘を繰り広げている。
それが眼の前に現るだなんて……ああ、予告状、見てみたかったわ……!
「いやだがな、予告状など現実的にあり得ると思うか? 盗む気があるなら黙って盗むはずだ。こんなの悪戯だと思うだろ、普通」
「私なら本気にしますわね」
冷静に返すと、ルミナ様を拘束しちた衛兵が感心したように口を開いた。
「おお、さすがはシルヴィア様だ。まさに探偵令嬢……あなたが予告状を受け取ればよかったのにと、心の底から思いますよ」
ちょっとこそばゆいけど、褒めてもらえて悪い気はしないわね。
「ありがとうございます、衛兵さん。そうです、探偵というのはいつ何時でも怪盗には気を配っているものなのです。宿命のライバルですからね」
「やっぱ変わってるね、アンタ。それで喜ぶだなんて……。探偵令嬢と呼ばれてるだけあるわ」
ルミナ様が呆れたように鼻で笑うと、突如ホールに再びあの声が響き渡った。
「さて、そこなるご令嬢! 君が身に着けたるその宝石、どうも君には似つかわしくないようだな。もっと相応しい主人を着飾らせたいとの宝石の声が、君には聞こえないかね?」
怪盗のこの言いぐさ……。もしかして怪盗の狙いって、ルミナ様が身につけているピンクダイヤモンドの首飾りなの?
ルミナ様は顔をしかめながら、吐き捨てるように言い返した。
「ふん、どうせ『その首飾りが求める主人はこの世で私ただ一人!』とか言うつもりなんだろ」
被った令嬢を脱ぎ捨たルミナ様が毒づくと、声だけの怪盗は一言だけで堂々と請け負ったのであった。
「
「ちょっと待て! この首飾りの主人は俺だからな!」
ルース殿下が慌てて声をあげると、怪盗はさらに皮肉げに応じた。
「ふふっ。ルース・ハルツハイム……ハルツハイム王国の第二王子、か。君は自分の幸運に感謝するんだな」
「え? なんか俺いいことあったのか?」
「もちろんだとも。なんと君は怪盗皇子ブラックスピネル初名乗りのターゲットに選ばれたのだ! 私の華麗なる活躍史の一ページめに記されるのは君の間抜け面というわけだ。末代までこの名誉を讃え、存分に喜ぶがよい!」
「くっそぅ……よく分からんが滅茶苦茶馬鹿にされているということだけは分かるぞ……!」
ルース殿下が声を震わせ怒りを露わにする。と、そのとき、衛兵が何かを見つけて叫んだ。
「み、見ろ! シャンデリアの上に怪盗がいる!」
衛兵の声が合図であったかのように、シャンデリアに一本のロウソクが灯る。見れば、光が揺らめき、天井に怪しげな影を映し出していた。
そこには――シャンデリアには、誰かが立っていた。黒いシルクハットとマントの影……。みるからに怪盗な怪盗だった。怪盗といえば十中八九こんな姿を想像するだろう、というくらいのいかにもな姿である。
とはいえ立った一本のロウソクでははっきりとした視認はできない。
……でも、それを見た私は違和感を覚えた。
シャンデリアは上から吊しているだけなので、人間一人が乗ればバランスは崩れるはずだ。
なのにシャンデリアは怪盗を立たせてなお傾きもしていない。まるで、実体のない影だけがそこにあるかのようだった。
「……?」
もっとよく見ようと目を凝らした瞬間、ロウソクの光はふっと消え、怪盗の影もまた闇に溶け込んでしまった。
そして、また声だけが響く。
「さて、これから宝石をいただきに君の元へ降り立とう。それまでの間、誰にもその宝石を渡すことのなきようにな!」
「くっそぅ、勝手なこと抜かしやがって……」
再び暗闇に包まれた会場で、ルース殿下が悔しげな声を低く漏らす。
ちょっと待って。いまの怪盗の台詞、なんだかすごく違和感がなかった?
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