第7話 真実はつきつけるもの

「シルヴィア様、なにを言っているんですの?」


 固まった笑顔のまま、ルミナ様はカタカタと小さく震えはじめた。冷や汗がピンク前髪に囲まれた白い額を伝い、笑顔のまま顔が青ざめてく。

 いやそこまでして笑顔に固執するのってなんなのよ。ちょっと面白いわね。


「じゃ、じゃあ、シルヴィア様、まさか……『返却期限が来たのに本を返していない』のですか? つまりは延滞を……!?」


 ルミナ様の声は震えていたが、それでも笑顔を顔に張り付かせていた。必死に取り繕おうとする姿は見ていて痛々しくもある。

 なんだか私がか弱い女の子をいじめてるみたいな気分になるけど、真実は逆ですからね、逆。

 私が彼女にいじめられてるのよ?


「そんな悪いことしませんわ」


 私が柔らかく笑って返すと、ルミナ様の眉が跳ね上がった。


「でっ、では返却を人に頼んだとか……」


 笑顔のままだが、呼吸が荒い。


「それも違います。そもそも一週間前のその日は『返却期限日でもなんでもない』のです!」


 会場のざわめきが高まった。集まった若い貴族たちのハッと息を呑む音が聞こえる。

 私は扇で軽く顔をあおぎ、その動揺をやり過ごした。

 ……はぁー、緊張感が凄いわね。これはやみつきになりそうだわ!


「え……どういうことですの……?」


 すっかり弱ったような顔で、微笑んだまま冷や汗をダラダラとかき始めるルミナ様。震える手がピンクの首飾りをいじっている。


「どういうことだ、シルヴィア」


 まったく意味が分からない、とでもいうように殿下が顔をしかめる。


「いまお前は自分で返却日は1週間前だったと証言したばかりではないか。しかも不正に入手した情報とはいえ、お前の借りた本の返却期限日は一週間前のその日だと司書がルミナに教えたのだぞ。まさか、お前も不正司書も、両方が嘘をついたとでもいうのか?」


 ルース殿下にしては理路整然とした疑問である。

 私は内心の高揚を抑え、深呼吸つつ口元に笑みを浮かべた。

 ……こういう質問を一つずつ崩していくのが大事なのよ。


「いいえ、私も不正司書も嘘などついておりません。……ただ、その情報がもう古いというだけですわ」


「なっ!?」


 ルミナ様はショックを受けたように、ビクッと跳ね上がった。

 笑顔でだらだらと冷や汗を垂らしながら私に言い募る。


「シルヴィア様、あなた何が言いたいんですの!?」


「確かに一週間前のその日は本の返却期限日でした。しかし実、その本は返却期限日より前にすでに返却していたのです!」


 私の言葉に、ルース殿下が驚きと共にポンと拳を手の平に叩きつけた。


「あ、確かに! お前は本を読むのが異様に速い多読家だ! そんなお前が本をわざわざ返却期限日まで借りているわけがないよな!」


「その通りです。とっとと返してとっとと借りる! この速舞曲クーラントがごとき軽やかなリズムこそが私の読書サイクルなのですわ」


「どっ、どういうことですの?」


「よろしいですか。王宮図書館の本の貸し出しは二週間十冊が限度。現時点から考えると、三週間前に私は本を借りた、ということになります。しかし私は、二週間以内に十冊の本を読み、次の本を借りました。その新しい返却期限日は今日を起点として考えると今から四日後になります」


「……?」


 きょとんとなるルミナ様。

 私はやれやれと首を振って解説を試みる。


「簡単な計算ですわよ。私は確かに本を借りました。その本の返却期限は二週間。しかし私はその本を十二日後に返却し、その際に新しい本を借りたのです。新しい本の返却日は今日から四日後。……これのどこに、私がルミナ様を襲ったという『今日から一週間前』という数字があるのですか?」


「あっ……」


「そう。今日から一週間前の返却期限日など、もう私にはなかったのです!」


「……そんな!」


 ルミナ様の悲鳴が会場に突き刺さるように響く。


 会場には新たな波が広がっていた。

 もっと推理を、もっと真実を――私の推理劇を観客たちは固唾を飲んで見守っている。


「一週間前、ルミナ様が城の大階段にて私に襲われたという事件のあった日。私は王宮図書館に行っていないのですよ。ですから、城と近い王宮図書館からなら簡単に城に移動できる、だから私が城にいてもおかしくない、というルミナ様の証言は成り立たなくなります。これは図書館の貸し出し記録を見ていただければ証明できますわ。例の不正司書さんにでももう一度お聞きになってもよろしくてよ。つまり――」


 私は扇を降ろすとすっと息を吸い、きっぱりと言い放った。


「お城にいない私が、どうやってお城にいるあなたを襲うというのですか?」


「あっ……」


 ルミナ様もルース殿下も、会場の観客たちも――皆一様に皆、息を呑み込んだ。

 私は一呼吸分の間をとってその衝撃を受けとめてから言葉を続ける。


「それから、その手首の包帯、私に見せてもらえないでしょうか」


「………………!」


 ルミナ様はルース殿下のにしがみついたまま手首を抱きしめた。すっかり弱り切った可愛らしい笑顔はすでに蒼白で、視線は逃げ場を探すように左右に揺れている。


「傷を調べれば分かることは沢山あります。ルミナ様がどのような防御姿勢をとったのか。凶器の形や犯人の利き腕。……そうそう、ルミナ様が嘘をついているかどうかも分かりますわね」


「! なっ、なにをおっしゃっていますのシルヴィア様――」


「自分で傷をつけたのならそのような傷になるということです。もし傷がなかったとしたら、……それは、そういうことですわ」


 言い終えたとき、私は冷静さの奥の高揚感に酔っ払いそうになった。どんな美酒よりも極上の陶酔感だ。――比べものにならない。


 私は顔を軽く扇であおぎながら、一歩、足を踏み出した。


「さあ、見せて下さいな。あなたが無実だというのなら――その証拠をね」


 傷がない、としたら。つまりは、すべては狂言だったという証明になる。


 包帯に隠されているルミナ様の手首の傷……。自分で付けたのだとしても、もし傷自体がなかったとしても。


 それは、確実な証拠・・なのである。




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