第6話 矛盾は突くもの

 さて、では推理ショーを続けましょうか。


「……ルミナ様」


 私はルミナ様の矛盾を突くべく、できるだけ感情を抑えて言葉を紡いだ。


 冷静な振る舞いをしてはいるが、内心は張り詰めた弦のように緊張している。これを成功させなければ、私は殺人未遂で国外追放だ。……別に殿下に婚約破棄されるのはいいんですけどね。


 でも……、この緊張感が、細かな泡のように私を包み込んでとても心地よいのだ。私ってやっぱり、普通じゃないわね。


「な、なんですの?」


 笑顔のまま、震えた声を発するルミナ様。かなり怯えちゃってるわねぇ。


 さて。ルミナ様が何故か知っている『あの情報』。それはどこから来たのか……?


「ご存じないかもしれませんが、図書館というのは個人情報を秘匿するものです。私がいつ本を借り、返却するかというのもそれに値します。ならば、あなたはどこで私の返却期限日の情報を得たのですか?」


 私の言葉に広間がざわつき、貴族たちの目に鋭い光が生まれた。誰もが興味と疑念を抱えたまま、この問いの先を待ち構えている。


 王宮の図書館は王族や貴族が利用する大きな図書館で、このハルツハイム王国の知識が詰まった宝物庫ともいえる場所である。

 その司書には、専門の訓練を受けた人が就く。大抵は爵位を持つ貴族や騎士などで、もちろんルミナ様はそこで司書として働いてなどいない。


 つまり、ルミナ様が私の図書館利用の詳細を知っているということ、それ自体が矛盾なのだ。


「ひっ、秘密です。司書さんが、これは言っちゃダメなことだからお教えしたことは秘密にして下さい、って――あっ」


 言っちゃった! とばかりに口元に手をやるルミナ様。


「やはり……!」


 もうっ。自分で推理しておいてなんだけど、司書が利用者の情報を不正流出させていただなんて、倫理がなってないわね……!!!


「王宮図書館の司書を教育をし直さないといけませんわね、ルース殿下? 言ってはいけないことは言ってはいけないのですわ。でないと安心して本を借りることができなくなってしまいますもの」


「ああ。これはさすがの俺も看過できんな。利用者の情報を漏らしたのはどの司書だ、ルミナ」


 さすがのルース殿下も怒っている。

 きっと彼も人にいえないような本を借りたことがあるのだろう。それを司書にペラペラ喋られたらたまらない、ということだ。


「えっと、モーズリーさんですわ」


「よしそいつクビな」


「これは異議なしですわね」


 悲しいけれど、利用者の情報を簡単に漏らす司書に司書は務まらないから仕方ないわね。


 さて、仕切り直しよ。


 扇を半開きにしてパチンと閉め、音でこの場の注意を引いた。


「話を進めますわ。本来ならば不正な手段で入手した情報など証拠としては信用ならないものですが、今回は特別にこのまま進めます。この証拠自体が意味を成さないことを証明するためです」


「え……?」


 ルミナ様の声がかすかに震え、引きつったまま笑顔が固まった。

 広間にいる貴族たちも息を呑み、視線を交わし合う。貴族たちはそうしながら、私の次の一言を待ち望んでいるようだった。


 ――なんだか私自身が劇の役者になったような気分だわ。


「なにを言っているのだ、シルヴィア?」


 殿下がキョトンとしている。本当に私の言っていることの意味が理解できていないようだ。


「よろしいですか殿下、確かに一週間前……つまり事件の当日は私の借りた本の返却日でした。それは認めると言っているのです。ですが――」


 その瞬間、ルース殿下が顔を紅潮させ拳を震わせながら叫び声を上げた。


「やはりお前がルミナを襲ったのだな、シルヴィア!」


「話は最後まで聞いてくださいませ」


 私は冷静に扇を閉じ、いったん彼の興奮をやり過すために少々沈黙してから話を続ける。


「……いいですか、殿下。私はその日、私は本を返却しに王宮図書館には来ていないのです」


「そんな……!?」


 ルミナ様の目が泳ぎ、恐らく無意識なのだろう――震える手がピンクの首飾りをいじる。

 相当動揺してるが、まだ笑顔の仮面は完全には外れきっていない。



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