第4話 皆さんを集めてください

「扇で人を差すんじゃない!」


 真っ赤な顔で抗議してくる殿下に、私はすっと扇を降ろした。


「決めポーズにそんなツッコミをするのは野暮というものですわ、殿下」


 軽く流した私は、視線を被害者で証人であり、そしてこの茶番を仕組んだ男爵令嬢ルミナ様に向けた。ルミナ様はそのピンク色の瞳を恐ろしげに細めて怖々と私を見ていた。その姿はまるで周囲の貴族たちにアピールしているようであった――私はこの悪役令嬢にいじめられるの! だから存分に見て頂戴! と。


「それで? 私があなたを殺そうとしたという証拠はあるのですか、ルミナ様? 証言だけで私を犯人と決めつけるような杜撰な真似など、いくらなんでもしないですわよね? だって、自分で怪我をしておいて、その原因を私に擦り付けようとしているだけかもしれませんものね」


 貴族たちの間にさざめきが走り、何人かが視線を交わし始めた。

 ざわざわとした声が広間に反響するなか、ルース殿下が眉を逆立てて怒声を上げる。


「なっ、なんたる言いぐさ! ルミナがそんな意地の悪い女だとでもいいたいのか!」


 しかしルミナ様はそんな殿下の袖を引き、落ち着かせようとする。


「いいんですの殿下、言わせておきますの。私だってそんなお馬鹿さんじゃないですの、ちゃんと証拠はありますのよ」


 ルミナ様はたいそう可愛らしいお顔でにっこりと笑ったのである。

 ほう、考えがあるってことね。いいじゃない、聞きましょう。


「ほらこれ、この怪我――」


 彼女はしなやかに動き、白い包帯を巻いた手首を胸の前で抱いた。その手が微妙に震えている――大した演技力である。


「これが私の証拠ですわ」


 彼女は包帯を撫でながら、思い出すように語り始めた。


「……ちょうど一週間前のことでした。ルミナはいつもどおりルース殿下にお会いしようとお城に遊びにきておりましたの。それで大階段に差し掛かったとき、上からシルヴィア様が降りていらっしゃったのです」


「私が、ですか?」


 そんな覚え、ないけどね。


「はい。でも、シルヴィア様がいらっしゃったこと自体は、不思議には思いませんでした。シルヴィア様はルース殿下の婚約者ですし、あの日がシルヴィア様が王宮図書館で借りている本の返却期限日だということも、ルミナも知っていましたから」


 でも、とルミナ様は顔色を曇らせる。


「あの時のシルヴィア様ってみるからに様子が変でしたの。ナイフを握りしめて、ルース殿下、ルース殿下、ってブツブツと独り言をいって……。思い詰めていらっしゃるみたいで……」


 え。なにその証言。


「それでルミナと目が合って、シルヴィア様はニタァ、って笑ったんですの。『ああ、やっと会えた。これで殺せる』とかなんとか呟いたのが聞こえましたわ……」


 ここでルミナ様はわざとらしく身を縮こまらせて肩を抱きしめた。まるで冬の寒さに怯えるように震えている――そんなルミナ様に、周囲の令嬢たちが固唾を呑んで扇を持つ手を固く握りしめるのが見えた。みんな、演技に引き込まれてるわねぇ……。


「そして次の瞬間、シルヴィア様はナイフを振りかざして――」


 ルミナ様の声が細かく震えると、ルース殿下は感極まったように彼女の肩を抱き寄せた。青い瞳を潤ませてルミナ様の顔を覗き込んでいる。


「おお、ルミナ。なんて悲惨な目にあったのだ。可哀想に……」


 唐突に、彼はその目を私に向けた。潤んだ青い瞳には怒りが燃えている。


「つまり、すべてはお前の嫉妬による犯行だったのだ、シルヴィア!」


「は? 嫉妬? なんでです?」


「俺に備わったものがお前を引きつけ放さなかったのだ……そう、まるで明かりに寄ってくる夜の虫のようにな。ハルツハイム王国の第二王子という立場、断固たる決断をいくつも下す男らしさ、そのうえ顔も切符もいい。まさに女が取り合うに相応しい男の中の男ではないか。しかし、このような犯罪を誘発してしまうとは……モテる男とは辛いものなのだな……」


 ルミナ様が涙で潤んだ瞳で殿下を見上げ、「殿下……かっこいいですの……」と小さく呟くのが聞こえた。殿下はそれで、さらに鼻息を荒くし胸を張る。

 広間にいた貴族たちの間に、笑っていいのかいけないのか戸惑うようなさざめきが広がった。だが何人かが堪えきれずに小さく笑い出し、それをごまかすための咳き込み音がいくつか聞こえてくる。


「左様でございますか。それは何よりですわね」


 私は肩をすくめて彼らの戯れ言を受け流すと、頭を切り換えた。


 さて、ルミナ様の証言をまとめないとね。


 犯行時。図書館帰りに登城して大階段を降りていた私は、ルース殿下に会いにきていたルミナ様とばったり遭遇した。

 婚約者の浮気にノイローゼになるほど悩んでおり、またちょうどいい感じのナイフを所持していたこともあり、私は突然ルミナ様に襲いかかった。


 ――と、いったところか。

 なるほど。


 いい度胸じゃないの、こんな嘘八百の証言を私にするだなんて。しかもそれで私をはめようとするなんて――ほんと、舐められたものだわ。


 私はにやつく口元に扇をかざし、一つ頷いて見せた。


「いまのルミナ様の証言で、全ての謎は解けました。さぁ、みなさんを集めてください」


 ああ……一度は言ってみたい台詞ナンバー1、とうとう口にしちゃったわ……!



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