第3話 ルミナの証言

「あのときはほんとに怖かったんですの……」


 唐突に、ルミナ様は顔色を曇らせた。

 俯いた拍子に、彼女のピンクの髪が僅かに揺れる。


 ピンクの可愛くうるうる潤んだ瞳、シフォンたっぷりのふわふわピンクドレス、胸にはひときわ豪華に輝くピンクの宝石という全身ピンクのおもしろ――いや、統一された色味のルミナ様が沈痛な面持ちで語りはじめる様は、なんだかそこだけ背景から浮き出たような、異様な存在感があった。


「突然、シルヴィア様がルミナのこと殺そうとナイフで襲ってきたんですの。だからルミナ、怖くて怖くて……」


 全身ピンクの中でたった一カ所だけ白い手首――白い包帯を巻いた手首を、ルミナ様はそっと掲げた。

 ――いや待って。掲げる必要ある?

 いくらなんでも芝居がかりすぎじゃない?


「だけど、なんとか逃げたからこれだけで済みましたのよ。ほんとに、ほんっとに怖かったんですの……」


 と、悲劇のヒロインのような目でそっと涙を拭うルミナ様。可愛いヒロインが悪役に意地悪されて、それを耐えているかのような――そんな光景を、5割増しくらいに大げさにした感じである。


「おお、可哀想なルミナ。まさに九死に一生であったな……」


 ルース殿下は青い瞳に涙を浮かべて彼女を見つめていた。もらい泣きだ。ルース殿下って、すぐ人に感化されるのよね……。


「そしてシルヴィア、ルミナが無事だったのはお前にとっての唯一の誤算!」


 ルース殿下は濡れた青い瞳でキッと私を睨み付ける。


「ゆえにお前は婚約破棄のうえ国外追放だ、探偵令嬢シルヴィア・ディミトゥール!」


 ……。

 あー……。

 うん。

 そうか。

 そういうことね。なるほどなるほど。

 分かったわ。


 もちろん私はルミナ様を襲ったりしていない。


 つまりこれは、ルース殿下に取り入るために私が邪魔になったルミナ様が、とにかく私を排除するために罪をねつ造したのである。


 こういう場合って、普通、よくも私の婚約者をとったわね! とルミナ様に怒り出すとか、浮気したあげく簡単に女の嘘を信じるルース殿下の私への信頼感の無さを嘆くとか、そういう場面よね?


 ……なのに。今の私は、そのどちらでもなかった。

 不思議な感覚が、私を支配しようとしていたのだ。


 腹の底から凜々と、勇気に似た細かい震えがわき上がってくるのを止められない……!


「……ルミナ様」


 私は彼女の名を口にした。

 思いのほか低い私の声に、ピンク令嬢ルミナ様が怯えたようにビクッとなる。


「えっ、な、なんですのシルヴィア様?」


「人を犯人と名指しすることがどれだけ責任を伴うことなのか、当然分かっておられますわよね?」


 ああ、なんだか……なんだか……。


 すごく、楽しい!


「ひっ……」


 ルミナ様は白い包帯を巻いた腕をぎゅっと握りしめて、身をすくませた。その表情には恐怖の色が浮かんでいる。


 ルース殿下の視線が動揺に揺れ、声が上ずった。


「い、いやちょっと待てお前、何故――笑っている!?」


 私は扇を再び広げ、顔の下半分を隠した。

 伯爵令嬢のニヤニヤ笑いなんて、第二王子殿下に見せるようなものじゃありませんからね。


「お言葉ですが、人というのは楽しかったら笑うものですわ」


「なっ、なにが楽しいというんだ、自分の罪を責め立てられているというのに――」


「だって、あなたがたは殺人未遂の疑惑をかけようというのですよ。こともあろうに探偵令嬢・・・・のこの私に」


 探偵令嬢……。

 学園時代にルース殿下が悪口として広めてくれたあだ名だけれど、実は私、このあだ名が気に入ってるのよね。


 大好きな小説『水晶探偵アメトリン』シリーズの主人公アメトリンみたいじゃない?

 もっともアメトリンは令嬢探偵・・だけどね。探偵令嬢とは語順が逆なのよ。被らないのがポイント高いわ。


 それに、幼い頃、初恋の人が私のことをそう呼んでくれたことがあるから……。


「覚悟なさいませ、ルース殿下、そしてルミナ様」


 私は扇をパチリと閉じ、堂々とルース殿下の整った顔を差す。

 そんな私の動作に、広間にいる貴族たちの視線がいっそう集中してくるのを感じた。


「この真実、私が解き明かしてみせますわ。探偵令嬢の名推理、とくとご覧あそばせ!」


 ……決まった!


 実はこんなシチュエーションが来たときのために何度も何度も練習してたのよね、この決め台詞と決めポーズ。

 実際にできるなんて……感無量だわ!




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