60 大稚の企み
「何を企んでいるの」
「企む…って…」
途端に、声が上擦る。目には、大きな動揺。
案の定、図星のようである。
「何か、私に言えない目的が、他にあるんじゃないの」
「それは…」
詰め寄ると、目を逸らして唇をつぐむ。
困ったように表情を歪め、下を向くと、両手で顔を覆い動かなくなった。
「楢野…君」
こんな姿を見せられると、まるで意地悪に追い詰めているみたいで、胸が痛む。
大稚は私欲のためだけに、無茶な提案をする人ではない。自己満足を得るために、故郷自慢をしたいわけではない。それは、わかっている。
おそらく裏に、もっと大きな目的があるハズだ。
それが何なのかを、知りたい。
「…ゴメン。やっぱり変だよね。急に札幌へ来い、なんて。驚かせてしまって、悪かったよ」
しばらくして顔を上げると、手で押さえ過ぎて赤くなった目を、こちらへ向ける。
「実はちょっと、事情があって。今それを説明するのは、難しいんだけど…」
「事情…」
喉が渇いたのか、大稚はティーカップを手に取ると、すっかり冷めきった紅茶を一気に飲み干した。
おかわりを注いであげようとティーポットに手を掛けると、伸びて来た手に制止される。
「でも、今言える部分だけは、全部正直に話すよ」
腹を括ったようである。
「実は…、札幌で、小園に会ってもらいたい人がいるんだ」
「私に、会ってもらいたい人」
「素性は言えないんだけど、その人は今、体の具合が悪くて、病院に入院しているんだよ」
「…そう」
「その人は仕事柄、HPCに高い関心を持っていて、いつか実際に会えるのを楽しみにしているんだ。だけど札幌にはまだ幼いHPCしかいないから、希望を叶えてあげるのが難しくて…。だからぜひ、小園に会ってもらえないかなと…思って」
微妙な目の動きが、少し気になった。感触から言っても、不自然さは否めない。
けれど、たとえ不正確な点が混在しているのだとしても、この真剣な眼差しを疑う気にはなれない。
「その人は、女の人、男の人」
「女の人」
「お仕事って、何をされているの」
「それは…、言えない。でも、マスコミ関係者では絶対にないよ」
「HPプロジェクトとの、関係は」
その質問には、激しく首を横に振る。
「…その方は今、重い病気なの」
「詳しくはわからないけど、どうもそうらしい。それ以外にも、一年くらい前からずっと、精神を病んでいるんだ。すごく、つらい出来事があって」
「そう。…お気の毒な、方なのね」
大きく頷く。
「でも小園を…、本物のHPCの姿を一目見れば、きっと元気になってくれると思うんだ」
「そう…、なんだ」
好奇心だろうか。
最先端ヒューマノイドのHPを見たいなら、さほど珍しくはないし、ある程度理解もできる。
けれど過去の経験からいって、HPCに会ってみたいという人に、あまりいいイメージはない。疑いたくはないけど、HPCを人間の亜種として認識している類の、人だろうか。地方には、多いと聞く。
HPCに、どういった思い入れがあるのだろう。
大稚の知り合いなら、悪い人ではないと思うけど…。
いずれにせよ、病気で苦しむ女性の希望を叶えるのが目的であれば、協力をしてあげたい気はする。病状が深刻なら、なおさらという気持ちも沸く。
けれど、そうは言っても、大稚のプランはあまりにも非現実的である。
福島滞在中に周囲を欺き、リニア新幹線で札幌まで行って帰って来る。
電車すら一人で乗った経験がない中学生の自分に、そんな大胆な行動ができるとは、到底思えない。
それに、もし見つかりでもすれば、不良HPCとして処分されないとも限らない。さすがに命までは奪われないだろうけど、大稚と引き離されるのは、ほぼ確実だろう。二度と会えなくなる、可能性もある。
大稚は、わかっているのかな…。
「…それじゃあ、お互いの親にちゃんと事情を説明して、許可を得るっていうのはどうかしら。病気の方を励ますために行くのなら、許可が下りるかも知れないわ」
「それは、ダメだよ。親には言えない。君の親にも、言ったらダメだ」
「どうして」
「どうしても」
「でも…」
「誰にも言わず、君一人で、来て欲しいんだ」
「それは…、楢野君のお願いなら、協力してあげたいけども…」
大好きな元フォスターペアレンツの顔が、脳裏をかすめる。周囲を欺くということは、彼らの信頼を裏切ることである。
それが、一番つらい。
「これは僕の、一生のお願いだよ。お願いします」
大稚は立ち上がると、両手を体の側面にピタリとつけ、深々と九十度頭を下げる。
「やだ。楢野君、やめて」
「無茶なお願いをしているのは、承知している。君の立場も、わかっている。だけどどうしても今、小園に札幌まで来てもらいたいんだ。今回を逃せば、次はないかも知れないから」
「次は…ない」
おそらくそれは、最悪の事態を意味しているのだろう。
そんな風に言われると、さすがに心が揺らぐ。
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