59 大稚の提案

「その、元フォスターケア宅の、鉄道の最寄り駅ってどこかな」

「JR福島駅…だけど。自宅からは、バスで十分くらいよ」

「そう。ちょうどよかった」


 出発地に、JR福島駅を入力したようだ。


「…ねえ、何を調べているの」

「その門限っていうのは、何時くらいまでなの」


 こちらの質問には、答えない。


「門限はたぶん、午後五時くらいだと思うわ。冬場は、日が暮れるのが早いから」

「門限までに帰りさえすれば、どこへ行っても平気なのかな」

「それは…、まあ」


 どこへと言っても限度はあるが、福島市周辺であれば、だいたい問題はない。


 大稚は一通り入力し終えると、ポンと画面をタッチし、検索を実行した。それからは無言で、画面と睨めっこする。指でしきりに、画面をスクロールさせている。


 どういうワケか、眉間にシワ。時折右手で前髪を掻き上げ、悩まし気にハアと息を吐く。

 声を掛けても反応はなく、完全に自分だけの世界に入り込んでいる。


「よし。これかな」


 ようやく指を止めると、意味深な上目遣いでこちらを見る。


 反射的に、上半身が緊張する。

 あまりいい予感はしない。これは明らかに、何らかの要求を示唆する目。

 察するに、あまり簡単ではない要求。


 何だろうか。


「それじゃあ、日曜日に日帰りで、札幌へ行くっていうのは、どうかな」

「…は」


 多少身構えはしたものの、耳にした瞬間、目が点になった。あまりにも突飛な話に、文字通り言葉を失う。

 表情を気にしている余裕もないほど、顎が前へ突き出て、口がポカンと開いた。


「な…楢野君、何を言っているの。札幌…って、北海道よね」

「福島から札幌まで、リニア新幹線が開通しているよね。飛行機だと時間が合わなくて難しいけど、リニアを使えば、片道二時間ほどで行けるみたいだよ。だから日帰りでも、十分に可能だと思うんだ」

「可能って、言っても…」


 冗談とは思わないけど、本気で言っているのだろうか。


 札幌と言えば、大稚が生まれ育った故郷。つい数ヶ月前まで住んでいた場所なのは、知っている。今も、母方の祖父母が住んでいると聞いた。


 そこへ福島から日帰りで行かせようとは、一体どういうつもりなのだろう。意図が、まったく読めない。


 そもそも札幌は、福島から気軽に行ける場所ではない。距離的にかなり離れているし、たとえリニアを使っても、日帰りでちょっと遊びに行くというのには無理がある。

 それにリニアを利用するなら、事前に利用許可証を得ておく必要がある。HPCは飛行機や新幹線を無料で利用できるが、申請には当然、正当性のある理由や目的が求められる。


「私が札幌へ行く、目的は何」

「観光。実はその三連休は、僕もちょうど、札幌へ行く予定があるんだ。だから小園に、いろいろな場所を案内してあげるよ」


 許可が下りる可能性は、ほぼゼロと言えよう。


「交通費の問題だったら、心配しなくていいよ。僕が全部、何とかするから。絶対、門限までには、福島の家へ帰れるよう約束する」

「…残念だけど、そういう目的だったら、許可は下りないと思うわ」

「許可。…いや、他の人には、言ったらダメだよ」

「ダメ…って、それは、周囲に内緒で…ってことなの」

「…」


 想定外の指摘だったのか、大稚の視線は明らかに宙を漂った。どうやら質問に対する答えを、用意していなかったみたいである。

 こういうツメの甘さは、いかにも中学生らしい。


「どうして、内緒なの」

「それは…。周囲に言えばきっと、反対されるから」


 当然である。


「でも小園にぜひ、僕が生まれ育った札幌の街を、見てもらいたいんだ。すごく素敵な街だから、絶対気に入ると思うよ。食べ物も、美味しいし」


 相変わらず、女子がキュンとするようなことを、サラリと口にする。こういう言い方をされると、変な想像力が掻き立てられるから困る。

 本当に、罪深い人。


「門限を考えたら、札幌に滞在できる時間は、せいぜい四、五時間程度よね。…正直、福島から日帰りで遊びに行くなんて、あまり意味がないと思うわ」


 福島‐札幌間のリニア新幹線乗車時間は、大稚によると往復四時間ほど。

 どう考えても、ほんのわずかな時間滞在するためだけに、周囲を欺いてまで札幌を訪れるのは馬鹿げている。


 大稚だって、それはわかっているだろうに…。


「たとえ短時間でも、絶対に意味のある時間は過ごせると思う。それは、僕が保証するよ」

「意味のある…時間」


 どうしてこんなに、必至なのだろう。


「お金のことは、気にしないで。元旦にお年玉が入るから、それで何とかなると思う。もちろん僕が誘ったんだから、返してくれなくていいよ」

「そういうわけには…」


 何か、裏がある。

 顔が至近距離まで近づき、目が合わさった瞬間、ふとそう思えた。


 大稚は素直な性格だ。感情は、良くも悪くも顔に出る。真っ直ぐでクリアな瞳は、嘘をつけない。

 裏に何か、口には出せない事情があるのは明らか。

 大きなリスクを顧みず、突き進もうとする理由。


 話には乗れないけど、真の目的とは、一体何なのだろう。


「私が札幌へ行くのは、今回でないとダメなの」

「できれば」


 揺るぎない、強い眼差し。


「…ねえ」


 肩に手を乗せると、体がピクリと反応した。


「楢野君、私の目を見て、正直に言って」

「え…」

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