58 HPのメンテナンス
「楢野君のところはご両親も人間だし、家族でお出掛けとかも、するんでしょ」
「いや、それほどでは。うちは二人とも、仕事に夢中だからね。家族で出掛ける機会なんて、ほとんどないよ。たまにどちらかの出張ついでに、海外へ連れて行ってもらうくらい」
「海外かあ。羨ましい」
「現地で四六時中側にいるのは、子守役のガイドさんだけなんだけどね」
「でも、外国の街や景色を生で見られるなんて、素敵だわ」
「まあ、そうだね。むしろ今は、親と一緒に行動する方が、面倒臭いかも」
「そう…なんだ」
人間ファミリーにも、いろいろ事情はあるみたいだ。けれどサバサバした口調からして、不満があるわけではなさそうである。きっと目には見えない絆と信頼関係と、お互いを尊重し合う心が、当たり前のように存在しているご家族なのだろう。
そういうところは、少し羨ましい。
「…あ、そうだわ。旅行ではないけど、私たちHPファミリーにも、家族で泊まり掛けのお出かけをする機会が、一応はあるのよ」
「へえ。泊まり掛けって、どこへ行くの」
「福島」
「福島…って、東北の」
「ええ、そう」
自慢げに言うと、予想通り、大稚は好奇心を瞳に湛える。
東北の太平洋側に位置する福島県は、大昔に起こった自然災害を境に大きく変貌を遂げた、最先端テクノロジーの集約する地域である。旧式の原発産業からロボット産業への転換に、最初に成功した自治体としても知られている。
とりわけ企業の開発拠点が集中する海沿いの浜通り地区は、世界からも「ハマドーリ」と呼ばれるほど、知名度が高い。
HPの製造工場『HPファクトリー福島パシフィック工場』も、このエリアに立地している。
今年の春先には、東北・北海道リニア新幹線が開通し、周辺はさらなる賑わいを見せている。一般公開されているロボット博物館は、子供から大人にまで大人気だ。
そんなハイテクの中心地とも言える場所へ行くと聞かされて、興味を抱かない理系人間はいないだろう。
大稚は以前、介護デバイスの開発エンジニアになるのが夢だと語っていたので、関心もひと際高いに違いない。
「福島へ、何をしに行くの」
「父と母の、メンテナンスよ。彼らはハマドーリにある、HPファクトリーで製造されたの。不定期だけど、これまでに三回ほど訪れているわ。前回は、小五の時だったかしら」
「メンテナンスか」
HPには、遠隔で行われるシステムアップグレードのほか、状況に応じてフルメンテナンスが実施されている。フルメンテナンスは、それぞれの製造元ファクトリーが担う決まりとなっており、現地まで訪れる必要がある。
「実は、来年の年明け早々にも、予定されているんだ」
「年明け…、そうなの。まさか…」
突如、大稚の膝と上半身がこちらを向く。
「年明け早々って、ひょっとして、三学期が始まった直後の、成人の日がある三連休…とかかな」
「へ…、ええ、そうだけど。学童以上は必ず、学校の長期休暇中か、連休が利用されているわ」
「そっか。…福島へ」
独り言のようにつぶやくと、一旦視線を斜め四十五度に落とす。ぼんやりした眼で、先にあるリビングテーブルの脚を、じっと見つめる。
「楢野君、どうかしたの」
「小園は年明けの三連休に、福島県へ行くんだよね」
「そうよ。土曜日の朝にバスで東京を出発して、両親は土日の二晩、ファクトリーに入るわ」
「それじゃあ、メンテナンスの最中、小園はどこで何をしているの」
「私は福島市内にある、元フォスターペアレンツのお宅で、お世話になる予定よ。宿泊施設も用意されてはいるけど、私の元フォスターケア宅は福島市内にあるから、いつもそこでお世話になっているの。今も仲がいいの」
「そっか。それじゃあ、一人でどこかへ出掛けるなんて、無理だよね」
「出掛ける…って、外出だったら可能よ。門限さえしっかり守れば、別に問題ないわ。もう、小さな子供じゃないもの。今回は日曜日に、一人でロボット博物館を見学しに行くつもり」
「外出は、可能…」
わずかに唇を動かすと、なぜかバッテリーが切れたロボットのように、体の動きを止める。
「楢野…君」
「本当に、外出は可能なの」
「ええ、まあ。うちのフォスターママは、自治体が主催する成人式のお手伝いで忙しいみたいだから、今回は一人で遊びに行くつもりよ。それが、どうかしたの」
大稚の目が一瞬だけ、大きく見開いた。すぐさま体勢を元へ戻すと、ズボンのポケットに手を突っ込み、スマホを取り出す。
何か、思いついたようだ。
真剣な眼差しでスマホ画面に指を走らせると、ボソボソ、音声認識センサーに話し掛ける。
「トラベラーズ・ナビ」
そう言ったのが、はっきり聞こえた。
トラベラーズ・ナビは、出発地と目的地、出発時間、到着時間などを指定すれば、徒歩、電車、バス、飛行機、船など、さまざまな方法や組み合わせで、行き方を教えてくれるサイトである。
そのサイトにアクセスしたみたいだが、一体何の目的があるのだろう。
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