56 写真

「この、写真は」


 大稚がフレームに、顔を近づける。


「これらは今年の夏休みに、HPCコミュニティのみんなで、農場へボランティアに行った際の写真よ」

「農場」

「そう。農作物を収穫したり、箱詰めしたり。他には、ニワトリの卵を拾い集めたりもしたわ」


 東京からほど近い隣県にある、国営のこじんまりとした農場。普段はヒューマノイドだけで、栽培や収穫が行われている。


 夏場はトマトやキュウリ、ナスなどが栽培されており、フレームにはちょうど、野菜を収穫する子供たちの姿が映し出されている。

 この時参加したのは、病気で他界した子と勉強を優先した木嶋ヒロト、部活動組を除き、中一と中二の全二十八名。


「野菜の収穫作業か。そういった体験も、しているんだね」

「ええ。今はまだ簡単な作業を短時間のみだけど、高校生になったらもっと専門的な分野で、一日七時間までボランティアをさせてもらえるそうよ。製造工場や建設現場、土木や、漁船に乗って漁へ行くっていうのもあるみたい。私は将来看護師を目指しているから、病院でのボランティアを希望しているの」

「…へえ。…ボランティアということは、すべて、無給なんだよね」

「もちろん。ボランティアだもの。でも、宿泊施設や食事は提供されるわよ」

「…そっか。…でも、それって何だか…。あ、いや、小園たちが楽しんでやっているんなら、よかったよ」

「うん。人々に感謝されるのは嬉しいし、いろいろな体験ができるのは、すごく楽しい」


 大稚はなぜか、気まずそうに微笑む。

 何か言いかけて止めたけど、何を言おうとしたのだろう。

 あまりいいことではない気がするだけに、こういうのは気になる。


 ボランティアは、本当に好きでやっているんだけどな…。


 フォトフレームが全体写真へ差し掛かると、大稚は気分を切り替えるようにソファから身を乗り出し、再び顔をフレームまで近付ける。


「それじゃあ、ここに写っている子たちはみんな、HPCなんだね」

「そうよ。みんなさくら中学校一、二年生の、生徒たち」

「みんな…、楽しそうだね」

「ええ。間違いなく、みんな楽しんでいたわよ」


 強調してみたけど、わかってくれただろうか。

 大稚はひとまず、うんうん頷く。

 けれど細めた目の奥では、まだ何か考えていそうだ。


 その時母が、キッチンから紅茶とお菓子を運んで来た。

 大稚が気付き、場所を空けるために、フォトフレームを端へよける。


 母がリビングテーブルの上に、ティーポットとカップ二脚を並べ、側にシュガーポット、ミルクポーションを添える。クッキーを入れた木製の器は、一輪挿しの隣へ置かれる。


 もちろんすべて、映像ではない。

 ふんわり立ち上る湯気と、ダージリンの華やかな香りが室内に漂う。


「どうぞ、ごゆっくり」

「ありがとうございます」


 母は愛想よく言うと、すべきことを終え、父のいる隣の部屋へ移動する。

 その背中を、大稚の目が追う。

 HPからも、まだ関心は離れていない様子。


「どうぞ」

「ああ。ありがとう」


 勧めると前を向き、ソーサーを手に取って、ティーカップに指を添える。


「いい香りだね。いただきます」


 シュガーやミルクは使用せず、息を吹き掛けながら、カップにそっと口をつける。


「美味しい」


 計算された温度と、透明度の高いオレンジ色のダージリンに、満足してもらえたようである。


「ところで…、ああ、いや…」


 大稚はまた何かを言いかけて、止めた。自制心が働いたようだった。

 体の動きまで、ピタリと止まる。


 もっと、リラックスしてくれていいのに…。

 こっちまで、気疲れしそうである。

 さすがに、ため息が口をついて出た。

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