55 ハイテク住居

 興奮した面持ちのまま、大稚はゆっくりソファへ腰を下ろす。

 目は引き続き、室内のあちらこちらを見渡している。


 手が座面に触れた時だけは ん? という顔をした。けれどすぐに、そのトリックに気付いたようだった。

 魔法に胸躍らせる少年のように口角を上げ、ソファの表面を手で撫でる。


 リビングテーブルへ目を向けると、その上に置かれた一輪挿しのフラワーポットへ視点を定め、立てた人差し指を近づける。そっと花に触れ、そのまま指を透過させる。


「わあ。本当に、見た目だけでは全然わからないね。ここにある物は、一体どれが本物なの」

「テーブルとか棚とか、大きな家具は本物よ。家具と言っても普通の家具ではなくて、人間の体温や血圧、心拍数などのバイタルを感知する、特殊なセンサーが備っているの。集められた情報は数値化されて、HPの両親だけでなく、HPファミリーの生活を監督する見守りセンターへも送られているわ」

「へえ。そうやって、小園たちの健康が管理されているんだね」

「ええ。万一急病でHPが対処できない時には、すぐにセンターの方が、駆け付けてくれるシステム」

「そっか。やっぱりHPに、すべてが任されているわけではないんだね」

「そうね。体調に関しては、言葉やジェスチャーだけでは、正確に伝わりにくいみたい。あと、楢野君に一つ、言っておかないといけないことが、あるんだけど」

「何かな」

「母と握手をした時点で、あなたの情報がセンターに全部伝わっているから、承知しておいてね」

「え…、そうなの」


 うふふ、と微笑み掛けると、大稚はギョッとし、居心地悪そうに腕を抱える。

 先ほどよりも素早い動きで、天井や、四方の壁を見渡す。


「…まさか、ここの映像とか、会話も聞かれているのかな」


 肩をすくめ、恐る恐る訊く。


「いいえ。さすがに監視カメラはないし、盗聴もされていないわ。プライバシーは守られているから、安心して」

「…だよね」


 納得すると、苦笑いしながら肩の力を抜く。


「室内のインテリア小物や観葉植物とか、私の私物以外はすべて、プロジェクション・マッピング。さっきの玄関も、そうよ。実際には靴箱と、ポールハンガーがあるだけ。ポールハンガーは、普通のものだけどね」

「そうだったんだ。まったく気付かなかったよ。なんか、植物の香りもした気がしたし…」

「7D仕様ですから」

「スゴいね」


 慣れて来たのか、大稚の声のトーンが少し落ち着く。


「インテリアは、このリビングテーブルを使って、好きなようにデザインを変えることもできるのよ」


 サイドにあるボタンを押し、現在設定されてあるガラス風天板を、タブレットへ切り替える。アプリを立ち上げ、試しに壁のアートフレームを、猫からヨーロッパの風景画へと変えてみる。


「へえ。いいね、こういう機能。うちにも欲しいよ。両親は、無駄なモノをよく買う人たちだから」

「でしょ。私も気分に合わせて、ソファの色とか、ダイニングテーブルの質感とか、いろいろ試しながら変えているの」


 ソファは現在、明るいオレンジ色。ダイニングテーブルは、ナチュラルな木目調に設定されてある。


「でも小さい頃、室内を大好きなぬいぐるみで一杯にしてみたんだけど、手で触れられるモノが一つもなくて、悲しかったわ。みんなお化けみたいに、手がすり抜けちゃうの」


 大稚は頭の中で想像し、ははははと笑った。


「ところで、あそこにあるフォトフレームは、小園の私物なのかな」


 後ろを向くと、キッチンカウンターの端に置かれてある、赤く縁取りされた電子フォトフレームを指さす。

 室内へ入る際、目に留まったようである。


「ええ。あれは私の私物よ」


 立ち上がって手に取り、電源を入れる。

 スライドショーに設定し、見やすいようリビングテーブルの上に置く。


「十歳の時に、国からいただいたの」


 裏には、『祝・HPC誕生十周年記念』と書かれてある。

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