53 HPの寿命

「小園は、冬休みに入ってからは、何をしていたの」

「へ…、ああ、私は…、昨日までHPCコミュニティのみんなと、ボランティア活動をしていたわ」

「ボランティア活動」

「ええ。街のお掃除や、高齢者のお宅のお手伝いとか、いろいろとね。でも今日から新年二日までは、お休み」

「へえ。そういう活動を、しているんだね。ひょっとして、普段からやっているの」

「普段は、放課後に一時間から三時間程度、土曜日を含めて週五日活動しているわ。『ひだまり』へ行く水曜日は、ちょうどお休みなの」

「そうだったんだ。全然知らなかったよ。立派だね」


 褒められると、少し恐縮する。


「…あ、さっき楢野君がメッセージをくれた時は、自分の部屋の窓拭きをしていたんだ。だからすぐに返信ができなくて、ゴメンなさい」

「そっか。こちらこそ、忙しいのに邪魔をして悪かったね」

「そんなことは、ないけど。…あのスズメ、かわいかったでしょ」

「…スズメ」


 キョトンと、首を傾げる。写真はたしかに送信したハズだけど、目にしなかったのだろうか。


「…いえ、いいの」


 まあ大したことではないし、気にしないでおこう。


「楢野君のところはもう、年末の大掃除は終わったの」

「いや、掃除はまだ…、熊だけかな」

「熊」

「両親は今仕事で忙しいし、うちは引っ越して来てまだ三ヶ月も絶っていないから、それほど汚れてもいないしね。掃除機や、自室の掃除だけは、僕が明日するつもりだよ。ギリギリになるけど」

「そっか。楢野君も、お家のお手伝いをよくしているのね」

「いや、僕一人しか動ける人間がいないから、必然的にやらざるを得ないだけだよ。両親の仕事は、休みとかあまり関係ないからね」


 あまり本意ではないのか、ハアとため息をつく。

 ご両親は研究者と聞いているけど、仕事と家庭の両立は、やっぱり大変なのだろう。


「うちも、家事の多くは、私が一人でしているわよ。普段から、できる仕事はなるべく全部私がするって、決めているから」

「へえ。やっぱり小園は、偉いんだね。尊敬するよ」

「偉くなんかないわ。自分のために、やっているだけだもの。父と母には、少しでも長く、一緒にいてもらいたいからね」

「少しでも、長く…」


 不意に、大稚が足を止めた。あまりに突然だったので、傘の骨の部分が彼の後頭部に当たる。


「それって、どういう意味」

「どういう…って…」


 どうやら大稚は、知らないみたいである。

 デリケートな問題は、メディアでもあまり取り上げられないから、一般人の大稚が知らないのは当然かも知れない。


 けれど何となく、彼はすべてを知って理解している気がしていたので、少し意外かな。


「HPのバッテリーには寿命があってね、それは人間の寿命ほど長くはないの。だから少しでもバッテリーの消耗を抑えるために、日頃からお手伝いに励んでいるのよ」

「…なるほど。そうだったんだね」


 納得するように、顎を上下させる。

 そこでようやく、左手で後頭部をさする。


「バッテリーの寿命は想像できるけど、でも、切れたら新しいモノに取り替えるのだと思っていたよ」

「いいえ。一応、二個目以降は実費で購入も可能だけど、HPのバッテリーはものすごく高額らしいわ。だからその日が来るまでに、働いて二人分のお金を貯めるのは無理だと思う」

「まあ…、そうだろうね。何て言っていいのか…。それで、バッテリーの寿命っていうのは、だいたいどのくらいなの」

「両親との接し方にもよるけど、長く持って三十年くらいだろうって、聞かされているわ。だからその頃までには、ちゃんと自立した大人になっていないといけないって、うちの両親は結構しつけが厳しいのよ」

「そっか…。そんなに早く…」


 瞳が、同情を帯びる。口をつぐむと、そのまま下を向く。


 個人的には、三十年なんてまだ遠い、先の話だと認識している。

 けれど実際にその日が訪れたら、同情されるに値する早さだと、実感するのかも知れない。


 大稚は両手をコートのポケットに入れ、地面を見つめながら、無言でとぼとぼ歩き始める。

 両手をポケットに入れるのは、考え事をする際のクセだろうか。歩く速度が極端に落ち、まるで難事件に挑む刑事のように、眉間にシワを寄せている。


 何を考えているのかな…。


「…それじゃあ、ご両親がお役目を終えた後は、小園は養子縁組…とかするのも、いいんじゃないかな」

「…へ」


 養子…縁組。


 心底困惑し、無意識のうちに足が止まった。

 傘の前部の骨が、今度は大稚のおデコに当たる。身長差があるので、急な際のコントロールが難しい。


 大稚の足も止まる。


「誰か他の、子供を必要とする夫婦のところへ行く、とか」


 気持ちが他の場所にあるのか、遠くを見るような目で言う。

 真剣な面持ち。

 単なる思いつきで言っているのでは、なさそうだけど…。


「養子縁組…かあ。でも三十歳前後だったら、もう大人よ。保護者は、必要ないと思うけど」


 そう返すと、気持ちがどこかから戻って来たようだった。


「…まあ…、そうだよね」


 少し考えると、ガッガリするように肩を落とす。


「法律のことも、あるしね…」


 顔を外側へ向け、小さな声でつぶやく。

 本人は聞こえないように言ったつもりだったみたいだけど、しっかり耳に入った。


 法律…。


 何の話だろう。HPCが養子縁組をするのは、禁止されていただろうか。

 たしか一年間のフォスターケア保育ののちに、フォスターファミリーが養子縁組をするのは、可能だったと思うけど…。

 それとはまた、別の話なのかな。


 よくわからないけど、気遣ってくれたのなら、一応感謝しておこう。


「ありがとう。楢野君」

「え…、何が」


 パラパラ降り続いていた雪は、いつの間にか小雨に変わっている。空気は相変わらず冷たく、時折風が吹くと、顔に刺すような刺激を受ける。

 すぐ自宅に戻ると思い、手袋をして来なかったので、傘を持つ手の感覚が徐々に失われて行く。


「あ、うちはすぐそこの棟よ。寒いし、早く行きましょ」

「ああ、うん」


 促すと、ようやくいつもの歩く速度に戻った。

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