50 楢野大稚(8)会いたい気持ち

 頭によぎったのはやっぱり、あの子の顔だった。


 小園アイリ。


 彼女は今…、何をしているだろうか。


 体を起こし、前方の窓へ目を向ける。外は朝から、雪が降ったり止んだりを繰り返している。

 今は少しだけ、雲の合間から青空が見えている。


 ふと壁のハンガーに掛かったマフラーが、目に入る。小園アイリの肩に巻いた、マフラー。

 あの時彼女は、風になびくマフラーの端を、ギュッとつかんでいたっけ。風で巻き上がる自分の髪には、かまわずに…。


 …会いたいな。


 綾香おばさんの件は抜きにしても、小園アイリのことはもっとよく知りたい。毎週のように会ってはいるけど、今はまだ、彼女自身のことはほとんど何も知らない。


 いつも駅で待ち合わせ、駅で別れている。『ひだまり』への行き帰りは、縦に連なって歩くのが習慣になっているから、横に並んで会話をする機会は滅多にない。


 『ひだまり』では多恵ばあちゃんが会話の中心だし、啓祐さんの件がある以上、彼女もあえてかどうか、プライベートな話はしない。ばあちゃんの頭は繊細だから、矛盾が生じて混乱されても困ると、考えているのかも知れない。


 どこに住んでいるのか、どういう生活をしているのか、どんな学校生活を送っているのか。

 普段放課後は、何をしているのか。

 趣味や、好きな食べ物とか…。


 考えてみれば、本当に何も知らない。


 何か…寂しいな。


 何で、同じ学校じゃなかったんだろう。神様は、そこだけ意地悪をした。


 関心がなかったわけではない。けれど詮索するみたいで、何となく訊きづらい部分があった。

 彼女は、HPC。普通の女の子とは違う。何がOKで、何がNGなのか、その辺の判断が難しい。


 …今から、会えるだろうか。

 

 無性に、会いたい気持ちがこみ上げる。


 握りこぶしが無意識のうちに、お尻の下のカーペットを何度も叩く。叩けば叩くほど、虚しさが増す。


 こんなにも誰かに会いたい気持ちになったのは、初めてかも知れない。


 あの子に、会いたい。

 今、すぐに。


 立ち上がってイスを元に戻し、デスク上でスマホを操作する。

 メッセージを打つその指に、一切の迷いはなかった。

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