47 楢野大稚(5)あの日の会話

 村元綾香さんは、小園アイリの実の母親。

 亡くなった村元家の一人娘紗良にとって、小園アイリは父親違いの実姉。

 それが今、DNA親子鑑定によって、はっきりと証明された。


 数か月前、北海道を去る前日に会った、綾香おばさんの青白い顔が思い出される。気力を失い、げっそりとやつれ、姿勢を保つのがやっとという感じだった。


「僕が見つけて、必ずおばさんの元へ、連れて来るからね」


 そう言うと、首を静かに横に振り、


「大稚君の気持ちだけで、十分よ」


 消え入りそうな声で、弱々しく微笑んでいた。


 思い起こせばことの発端は、紗良のお葬式の日。告別式の際にたまたま耳にした、村元夫妻の会話だった。


 涙で崩れ落ちる綾香おばさんを、必至に支えていた旦那さん。

 あの時のおじさんの衝撃的な発言は、今でもはっきり覚えている。


「君が大学時代に提供した卵子から誕生したHPCが、必ず今、日本のどこかで元気に暮らしているよ。紗良の分身だと思って、その子の成長と幸せを一緒に祈ろう」


 HPC。

 すぐにはピンと来なかった。HPプロジェクトについては、メディアで聞いて知ってはいたものの、HPCについてはほとんど無関心だった。五年ほど前に札幌市の一部がHP区を創設しているが、そこで生活するHPCはまだ幼く、接する機会もない。


 ずっと別世界の話だと思っていたし、正直、おじさんが言っていた「提供した卵子」の意味も、よくわからなかった。


 葬儀の後、自宅へ戻り、早速ネットでHPCに関する情報収集をした。

 HPプロジェクトやHPCに関する情報は、政府が運営するサイトや、HPファミリーを受け入れる各自治体のサイトで公開されている。


 それらによると、


 HPCはベプセルから人工的に誕生し、一年間専用のナーザリーか有志のフォスターケアの元で保育されたのち、ヒューマノイドのHPへと養育が引き継がれる。


 『姓』はナーザリーの担当者、もしくはフォスターペアレンツの姓を名乗り、『名』も彼らによって命名される。一般人と区別するため、名はカタカナ表記が義務付けられている。


 プロジェクトで使用される精子・卵子はドナー提供によるもので、ドナーバンクは、全国の指定された大学構内に設置されてある。そのためドナーの大半は、大学生が占めている。


 そして第一期から第三期までに誕生したHPCは全員、祖母が暮らす東京都京文HP区内に居住していることもわかった。


 同期のHPC全員がまとまって暮らしているのはここくらいで、以降は、続々と誕生した全国各地の居住地区に散らばっている。


 母より一回り年下の綾香おばさんは、年齢的に『ひだまり』の啓祐さんと同世代だ。ドナーになったのが大学時代だったとすれば、ちょうどドナー募集開始初期の頃だったと推測される。


 もし綾香おばさんの卵子が、第三期までのHPCに使用されていたとすれば、誕生したHPCは現在、東京都京文HP区内に在住。

 第一期で誕生したHPCは、十名。現在、十三、四歳の中学二年生になっている。

 同い年、同学年だ。

 第二期、第三期を含め、計九十名がこの区内にいる。


 発見できる可能性は、決して高くない。けれど、ゼロではない。


 京文HP区内のグループホームにいる祖母を訪ねる際、もしかしたら見つけられるかも知れないと思い、後日その話を綾香おばさんにしてみた。


 おばさんはドナーの件を知られている事実に驚いた様子だったが、それには触れず、切迫した様子で「絶対に探してはいけない」と言った。法律上、ドナーがHPCを探したり、意図的に接触を試みる行為は、禁止されているからである。

 研究者として、法に反する行為には、ひどく敏感のようだった。


「提供した卵子から、必ずしもHPCが誕生しているとは限らない」

 とも言っていた。受精卵の凍結保存には費用が掛かるため、一定の保存期間が過ぎると、余剰分は廃棄されるケースもあるという。


 未使用の可能性まであるとなると、発見できる可能性はさらに低くなる。


 さらに追い打ちをかけるように、物理的な難しさもあらわになった。


 役所のデータベースは、区民でないとアクセスできないことが判明した。HPCの情報を閲覧するためには、マイナンバーチップでログインする必要がある。


 HPCの顔も名前もわからないのであれば、もはや探しようがない。


 仮に祖母のマイナンバーチップでアクセスできたとしても、HPCの氏名や顔写真から、おばさんとの親子関係を特定するのは困難だろう。確証を得るためには、必ずDNA親子鑑定が必要になる。


 直感だけでは、何の意味もない。

 結局、自分一人の力だけで探し出すのは、不可能に近い。


 勢いで探し出すと決意はしたものの、総合的に考えて、東京訪問中の短い時間でHPCを探すのは、諦めざるを得なかった。


 しかし日に日に精神を病む綾香おばさんの話を母から聞かされているうちに、やはり何か手助けをしてあげたいという思いは、どんどん膨らんだ。


 幼い頃から、おばさんにはお世話になっている。研究に没頭すると息子の存在を忘れる両親の代わりに、助手だったおばさんは、いつも面倒を見てくれた。よく村元家で、紗良と一緒に手料理を食べさせてもらったりもした。

 母の味は、綾香おばさんの味と言っても言い過ぎではない。


 だから綾香おばさんには早く立ち直って、元気になってもらいたい。

 紗良もきっと、それを望んでいるハズである。


「紗良ちゃんの他にも、子供がいれば良かったのだけど…」


 二度目の決意が固まったのは、悩ましげにポツリとつぶやく、母の言葉を耳にした時だった。

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