46 楢野大稚(4)親子の証明

 書類袋から、封筒を取り出す。

 封筒の中には、DNA親子鑑定の鑑定結果が書かれた用紙が、一枚入っている。

 目の前にすると、途端に心臓の鼓動が激しく打ち始める。封筒をつまむ指先にも、力が入る。


 ちょっと危うかったけど、かなり雑だった部分もあったけど、第一段階は何とか無事完了できた。

 DNA親子鑑定に、成功した。


 封筒表面に記された担当者名を見ながら、「ありがとうございます」と心の中でお礼を言い、深々と頭を下げる。


 封筒をデスク上に置き、まずは大きく深呼吸。デスク上段の引き出しを開け、滅多に使うことのないペーパーナイフを取り出す。


 まだ結果は、わからない。吉と出るか、凶と出るか…。

 どちらにせよ、この封筒の中身の結果次第で、大きな歯車が動き始める。


 ペーパーナイフを封筒の端に添え、もう一度大きく息を吸い込む。その息を止めたまま、握ったナイフを手前から奥へ、一気に走らせる。


 どうか、奇跡が起きますように。

 そう、祈りながら。


 封筒が、開封される。

 ペーパーナイフを脇に置き、中から三つ折りにされたA4用紙一枚を取り出す。

 ドクドク、ドクドク。

 心臓の鼓動を指先に覚えながら、慎重に用紙を開く。


 最初に目に入ったのは、冒頭に書かれた『私的親子検査報告書』の文字だった。そこからゆっくり、下まで順に追う。〈結果〉と書かれてある部分には、すぐに到達した。


 一旦目を閉じ、手を胸に当てる。

 ここに記されてある一文が、人ひとりの人生を大きく変えるかも知れないのだと思うと、簡単に見る気にはなれない。


 それにようやく得られる確証には、少しの罪悪感もある。いかなる事情であれ、ルール違反に違いはないからだ。もしかしたら自分が考えている以上に、法に触れる、重大な罪に問われる可能性だってある。


 けれど、もう後戻りはできない。

 ここから先は、ただ自身の信念に従い、突き進むのみ。


『楢野花音と楢野大稚は、生物学的親子関係にあると判定できる』


 その一行を見た瞬間、体中の力が一気に抜けた。

 手から用紙が離れ、デスク上へ落下し、パサッと音を立てる。

 背中が後ろに倒れ、首が落ち、天井が見える。両手足が重力に従い、だらんと垂れ下がる。


「あはははははは」


 可笑しくもないのに、笑いが込み上げる。


 …起きた。本当に、奇跡が起こった。


 初めて目にした時のあの直感は、間違っていなかった。

 見つけた。本当に見つけてしまった。

 この瞬間を、何度夢見たことだろう。まだ信じられなくて、夢の中にいるみたいだ。


 込み上げる興奮を抑えきれず、勢いよく立ち上がり、両手で万歳する。

 キャスターの付いたイスが反動で移動し、後ろの壁にぶつかってガコンと音を立てる。

 お尻がカーペットの床に落ち、両腕を上げたまま、仰向けに寝転ぶ。


「やった」


 あの人はやっぱり、小園アイリのドナーだった。

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