41 敵か、味方か

「勘違いするなよ。俺は今、新しい知識を得るのが楽しくて仕方ないし、本部がうちのHPに高度なチューター(家庭教師)プログラムを入れてくれたことにも、すげえ感謝している。めちゃくちゃ難解な応用問題まで、マンツーマンで丁寧に教えてくれるんだぜ。今不満に思っていることなんて、何もないよ。むしろ恵まれ過ぎて、一般人に申し訳ないくらいだ」

「そうだね」


 少し強がりのようにも聞こえるけど、きっと言葉に偽りはないのだろう。

 自宅でハイレベルな指導をマンツーマンで受けられるのは、別の意味で不公平とも言える。文句を言ったら、罰が当たりそうだ。


「ねえ。あの人たちは、私たちHPCにとって、味方なのかしら」

「あの人たち…って、人権団体の人たちのことか」

「そう」

「ううううん、そうだね。敵か味方かで言ったら、味方なんじゃないの。お節介でウザい時もあるけど、案外知らないところで、HPCが守られている部分もあるのかも知れないし。今大きな不満がないのも、恵まれているのも、ひょっとしたらあの人たちの活動のおかげかも知れないじゃん」

「…なるほど」


 たしかに、そういう考え方もできる。

 彼らはHPプロジェクトの、強力な見張り役。

 一度意に沿わないことをされたからといって、すべてを否定すべきではないのかも知れない。


「そう言やあの人たち、セイラの死を、今日初めて知ったみたいだったな」

「セイラ。へえ、そうなんだ。まあ、いるハズの生徒がいなければ、そりゃあ気付くわよね」


 高田セイラ。一年ほど前に、小学六年生の十二歳で病死した、HPCの少女。


 HP法では、未成年のうちに亡くなったHPCについては、当人が成人年齢相当に達する日まで、死を公表しないとしている。プライバシーを尊重しての、措置らしい。

 もちろん関係者の間で、人づてに伝わりはするが、公式発表はされていない。


「…あ」


 そうか。


「何だ」


 亜沙乃南朋の知り合いのジャーナリストは、ひょっとするとセイラの死を、どこかで耳にしたのではないだろうか。

 いや、すでに死亡しているHPCは、セイラだけとは限らない。知らないだけで、他にもいる可能性はある。


 いずれにせよ、HPCの中に、公表されていない死者がいる事実に気付いた。調べてみると腑に落ちない点が出て来て、それで不要HPCの殺処分を疑い始めた。

 火のないところに煙は立たないって言うし、そういう流れだろうか。

 疑惑の解明は、どこまで進んでいるのだろう。

 そんな事実はないと、信じたいけど…。


 …大稚や啓祐さんと、話がしたいな。

 こんな日に限って、『ひだまり』へ行けないなんて。

 でも二人はセイラの死をまだ知らないし、彼女のプライバシーを考えれば、言っていいものかどうか…。


「おい」


 声が耳に届くと同時に、ヒロトの指先が目の前まで迫っていることに気付く。


「きゃっ。何」

「お前、今すっげえ、寄ってたぞ。シワ」


 触れずに、指先で眉間をなぞる。


「嘘」

「ほんと。何考えてんの」

「いや…、別に、何も」

「何もって顔じゃ、なかったけど」


 しまった。

 つい、気が緩んでしまった。


「ヒロトは、知らなくていいことよ」

「何だよ、それ。そんな風に言われたら、気になるじゃん」

「だから、気にしなくていいってば」

「うわ、めちゃくちゃ気になる。今俺の頭の中の計算式が、お前がすげえ大事なことを隠したって、導き出したぞ」

「何それ」


 ウザ。


 その時ちょうどタイミングよく、ピロピロっと、ヒロトのスマホが鳴る。

 自宅のある団地まで、もうすぐそこの辺り。


「ほら、メッセージが来たみたいよ」

「ちぇっ」


 ふてくされながら、カバンのサイドポケットからスマホを取り出す。

 不機嫌そうに頬を膨らませるも、メッセージを確認した瞬間には、口元が緩む。


 ん。

 どこか、違和感のある笑み。


「メッセージ、誰から」


 別に興味はないけど、一応訊く。

 反応がないので、指でつんつん肩を突く。


「え…、あ、ああ。この間の英検の受験会場で知り合った、女子大生の人だよ」

「女子大生」


 わお。

 意外な相手だ。ちょっと、ビックリした。

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