38 人権団体

 昼休み中の今の時間帯、廊下は、ランチを終えた生徒たちが行き交っている。

 開いた教室扉の向こう側では、四、五人の女子グループが、輪になっておしゃべりしている。彼女たちは話しながら、同じ方向へ目を向けている。

 何かが、気になっている様子。


 残念ながらここからでは、その視線の先までは確認できない。


 何だろう。


 耳をそばだてると、わずかに聞こえる複数の足音。どうやら、外部から訪問者が来ているみたいだ。生徒たちの上履きと訪問者のスリッパは足音が異なるので、聞き分けるのはさほど難しくない。

 グループと思われる訪問者は、歩いたり止まったりしながら、徐々にこちらへ向かっている。


 ほどなくして、その人物たちが姿を表わす。

 女子グループが壁側へ移動し、道を開けている。


「あの人たち、誰なんだろう」


 妃都絵がつぶやく。


 五、六人ほどの、黒いスーツを着た女性ばかりの集団だった。うち二人は、外国人のよう。一人は金髪の白人で、もう一人はアラブ系。聞こえて来る会話からすると、全員が日本語を話している。


 廊下に出ている生徒たち一人一人に、何か質問をしているようである。

 道を開けた女子グループにも、話し掛けている。


「あの人たちは…」

「アイリ、知ってるの」


 遠目からでも、確信が持てた。

 間違いない。

 この人たちには、以前会ったことがある。


「あの人たちは、人権団体の人たちよ」

「人権団体」

「そう。たぶん私たちHPCのことを、訊いて回っているんじゃないかしら。普段の様子とか、いじめられていないかとか、孤立していないかとか、差別に会っていないか…とか、いろいろ」

「…へえ、そうなんだ。別に、トラブルみたいな話は、聞かないけどね」

「まあ、そうなんだけどね」

「それじゃあ、アイリたちの味方なんだ」

「味方…」


 言葉を聞いた瞬間、背中に虫唾が走る。


「アイリ…、大丈夫。何か、顔が怖いよ」

「…そんなことは、ないけど」


 咄嗟に、笑顔を作る。

 ここで、動揺してはいけない。平静を、保たないと。

 作り笑顔は、得意中の得意。

 …でも、大稚が今、この場所にいなくてよかったな。きっと彼には、通用しないだろう。


 HPCは、一般の生徒たちと同様、普通の学校生活を送っている。子供じみた細かい嫌がらせなどはたまにあるけど、いじめや差別と言うほど、大袈裟なものではない。

 普通に友人がいるし、先生たちの対応もおおむね平等。少なくとも、個人的に不満はない。


 けれどあの人たちは、その言葉を信じない。HPCの言うことを、受け入れない。

 多くの生徒たちから証言を引き出そうとしているのが、その証拠。

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