28 本心

「私は…」


 ダメだ。

 本心なんて、絶対に口に出せない。出してはいけない。そんなものは、社会で何の役にも立たない。むしろ、害にしかならないのだから。

 本当の気持ちというのは、つねに心の奥底にしまっておくもの。


 それがHPCとしての、心得。


「きっと…」


 ダメ。


「絶対に…」


 言っては、ダメ。

 ダメだって、わかっているのに…。


「私は絶対に、尊厳死なんて受け入れない」


 口が、勝手に動く。


「たとえそれが、国や社会のためになる最善の選択なのだとしても、断固拒否するわ。自ら命を終える選択なんて、絶対にしない。動けなくなっても、周囲の重荷になったとしても、最後の最後まで生きることを諦めない。本当に心の底から、人としての尊厳を持ったまま逝きたいと願う、瞬間までは」


 信じられない。


 大稚の目を見た瞬間、感情のコントロールができなくなってしまった。

 この人にだけは、嘘をつきたくない。その思いが、勝ってしまった。


 HPCとしてのプライド。生きて行く上で不可欠であり、心の支えでもある。

 そのプライドが、たとえ一瞬とはいえ、頭の中から消えてなくなってしまうなんて。


 まだまだ未熟な子供で、嫌になる。


「そう…だよ、その通りだよ。小園は、間違っていない。尊厳死というのは、もっともっと尊いものなんだ。運命なんていう言葉を理由に、選択するようなものではないよ」


 黒い手袋をした手が、頭の上に乗る。頭上でポンポンと二回、上下する。

 その振動が全身に伝わると、まるでヒーターのボタンを押されたように、頬が熱くなる。


「あの、今のは…」


 どうしよう。

 これは、HPCとしての、大きなミス。


「そもそも不良HPCの殺処分なんて、出鱈目に決まっているよ。この国でそんな恐ろしいことが行われているなんて、絶対にあり得ない」

「そう…よね」


 頭を小突かれたニワトリのように、首が縮む。


「…楢野君。申し訳ないんだけど、私が今言ったことは、他の人には…」

「もちろん、言わないよ。そしてずっと、忘れない」


 真っ直ぐで、濁りのない瞳。きっと言葉に、偽りはないだろう。

 大稚は、物分かりのいい人で助かる。まるで何も言わなくても、すべてを理解しているかのよう。


 たぶん今、この世の中で、一番信頼できる人。


「…でも、運命って言ったけど、小園は…」


 何かを言いかけて止めると、頭上から手を離す。

 不自然にサッと目を逸らし、目線を斜め下へ向ける。


「…何」


 気のせいか、瞳に落ち着きがない。あちらこちらを彷徨っている。

 口は開いたり閉じたり、結ばれたり。

 何か言いたいことがあるようだ。

 迷っているのかな。


「…いや、何でもない。ゴメン」


 手をダッフルコートのポケットに突っ込むと、前へ向き直し、再び歩き始める。


「楢野…君?」


 今、何を言おうとしたのだろう。

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