27 運命

 外に出ると、辺りはかなり薄暗く、低い位置に夕焼けがわずかに残っている程度。日は間もなく、完全に落ちるだろう。建物の隙間から流れて来る風も、冷たい。


 高齢者施設が立ち並ぶこの高台は、日が暮れると人気がかなり少なくなる。今はちょうどシフトの入れ替え時間なのか、仕事を終え帰宅する人と、仕事へ向かう人たちの姿がちらほら。

 車は数台行き交っている。

 日中は散歩する高齢者の姿も見られる遊歩道は、落ち葉だけが、街灯の明かりに照らされ寂しく舞っている。


 風邪をひかないよう、首にしっかりマフラーを巻く。


「ねえ。楢野君は、どう思う」

「どうって…、何が」

「亜沙乃さんの話。マスコミが、調べているっていう…」

「…そうだね。尊厳死についてはプライバシーの保護が徹底されているから、表向き病死とされたHPCが、実は尊厳死として死に至らされていたって証明するのは、難しいんじゃないかな。仮に証明できたとしても、赤ん坊は自分で意思決定ができない、医師が生かす方が拷問だと判断した、そしてドナーの承諾書もあるとなると、逃げ道はいくらでも作れそうな気がするよ」

「逃げ道…か」


 やっぱり尊厳死は、不良HPCの殺処分の、隠れ蓑になっているのかな。


 一般の人たちにとって、HPCは所詮、人工的に造られた人間。たとえ非人道的だろうと、税金の節約になるなら、殺処分はむしろ歓迎されるのかも知れない。


「僕はそんな話、一切信じないけどね」


 語気が強まる。


「…そうかな」

「え…」


 大稚の足が止まる。


「…小園は、まさか信じているの」

「…信じているわけではないわ。でも…」

「…何」


 肩越しにこちらを見る目が、いつになく険しくなる。


「私たちって、ベプセルから誕生して、ヒューマノイドの両親に育てられて、変な言い方だけど、製造されているみたいでしょ。ロボットと同じように。だから不良品っていうか、不良HPCが殺処分される現実っていうのも、あるのかな…って」

「…小園は、自分たちのことを、そんな風に思っているの」

「そんな…風に」

「製造…って」


 前へ向き直すと、呆れるように吐き捨てる。


「別に、自虐的になっているんじゃないのよ。でもHPCが、他の人たちとは育つ環境が違うのは事実だし。それにHPCの存在意義は、国や社会に貢献すること。だから心身ともに役割を果たせない状態になったなら、殺処分されるのも、避けられない運命なのかな…って」

「運命」


 言っている最中にふと、あの子の顔が頭に浮かんだ。

 不運にも難しい病を発症し、逝ってしまった、わずか十二歳の少女。

 東京を去る際、彼女が見せた瞳の奥には、すべての運命を受け入れる覚悟が備わっていた。

 HPCとしてのプライド。それが紛れもなく、瞳に宿っていた。

 交流はあまりなかったけど、印象に残る別れだった。


 もしあの気高い少女が、自らの意志で命を終えるよう諭されたとすれば、ともすると…。

 受け入れてサインをしたとしても、驚かない。


 あの子は一体、どんな気持ちでこの世を去ったのだろう。


「それ、本気で言っているの」

「へ」


 少し別のことを考えていたので、一瞬何の話をしていたか忘れてしまった。


「小園はもし自分が今、たとえば事故に遭って重傷を負って、一生介護を必要とする体になったとしたら、壊れたおもちゃのように処分されても構わないって、そう思っているわけ」


 珍しく、肩に力が入っている。体の両側には、硬く結ばれた握りこぶし。


「…もちろん、まだそこまでの覚悟はできていないわ。だけど、もしそういう現実と向き合わなくてはならない状況になったら、私はたぶん…」

「たぶん、何」


 たとえ本意ではなくとも、HPCとしてのプライドを持って、殺処分を受け入れるだろう。

 それが、HPCとして誕生した者の、宿命だから。


「たぶん…」


 運命には、決して逆らえない。逆らってはいけないと、心も体も理解している。

 HPCは、国民の税金によって生かされている生き物。大人になったら、人々のために働き、一生を尽くす。そのように、教育されている。


「私は」


 答える直前、振り返った大稚と目が合う。心臓がドキッとする。

 困惑と非難の入り混じる、力強い眼差し。


「小園の本心を、聞かせて欲しい」


 本心。

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