26 アンケート調査
「それだったらたしか、ドナーになった時の年齢とか、場所とか」
横取りするように答えたのは、百合子さんだった。どうやらもう少し、この話題に関わっていたいようだ。
人差し指を立て、まるで水を得た魚のように、瞳の輝きが増す。
「現在の職業とか、居住地とか、わりとありきたりな内容だったわね。他には、未成年のHPCの尊厳死を認めるために、ドナーとして承諾を求められた経験はあるかとか、サインはしたかとか、何とか。この部分は私も興味深かったから、よく覚えているわ」
「そう…ですか」
予想通りの内容だったのか、大稚は納得するように、顎を上下させる。
呼応するように、啓祐さんは溜息を漏らす。
アンケート調査とは、なんてタイムリーな話題。やっぱり南朋が言ったように、マスコミが裏で動いているのは間違いなさそうだ。
不良HPCの殺処分が、疑われている。
「やっぱりマスコミは本気で、HPCの…例の件を、調べているみたいですね」
「そのようだね。郵便物の送り主がマスコミ関係者だったかどうかは不明だけど、誰かしらが関心を持っているのは、間違いなさそうだね。私はそんな話、一切信じないけど」
「もちろん、僕もです」
「あら、マスコミって、HPCの例の件って、一体何の話ですか」
意外な二人のやり取りに、何も知らない百合子さんが首を傾げる。
「いえ、何でもありませんよ。くだらない、陰謀論のようなものですから。気になさらないでください」
「陰謀論…」
「はい。百合子さんにも旦那さんにも、関係はありません。あ、ほら、もうすぐお夕食の時間です。百合子さん、楢野さんを、食堂まで連れて行ってさしあげてください」
時刻は、午後五時少し前。五時半開始の夕食までには、まだ少し時間はあるが、啓祐さんはこの話題から百合子さんを遠ざけたいよう。
「まあ、本当ですね。少し早いけど、それじゃあ楢野さーん、お食事を食べに、食堂まで移動しましょうね」
百合子さんはすぐに、頭のスイッチを切り替えた。仕事には、真面目に取り組む人である。
軽快な足取りで、多恵おばあさんの車イスの後ろへ回る。
多恵おばあさんは話を聞いていたのかいなかったのか、終始無表情で、大きな窓から外の景色を眺めていた。
食事という言葉に反応すると、顔をほころばせ、嬉しそうに頷く。
「お腹がすいたわあ。それじゃあ大ちゃん、啓祐さんのお嬢さん、またね」
いつものように指を閉じたまま、華奢な手首を横に振る。
今日もやっぱり、啓祐さんのお嬢さんと勘違いをされたまま。だけど、気にはしない。否定して不機嫌になられるくらいだったら、聞き流しておく方がいい。啓祐さんにも、気にしないようにと言われている。
二人が食堂へ向かうと、つられるように、他の方々もわらわらと後へ続く。
啓祐さんにも、他方からお呼びの声が掛かる。相変わらず、スタッフは忙しい。
早く、お手伝いができる年齢にならないかな。
見ていると、いつもそう思う。
「アイリちゃん、こんなくだらない話は、気にする必要ないからね。変な連中が近づいて来ても、関わったらダメだよ。何か心配事があったら、いつでも私に相談しなさい」
「はい。ありがとうございます」
啓祐さんは、頼もしい。
「大稚君は、あまり首を突っ込まないようにね」
忘れず、釘を刺す。
「…はあ」
不満げに、曖昧な返答。
何を考えているのやら。
「それじゃあ、僕たちも失礼します」
エントランスでスリッパからスニーカーに履き替え、ひだまりを後にする。
今日は到着が少し遅れたけど、退出時間はいつもとほぼ変わらない。
夕食の時間が、お別れの合図。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます