25 不審な郵便物
「何だって!アイリちゃん、その話は、本当なの」
レクリエーションルーム内に、怒声とも受け取れる大きな声が響き渡る。
介護福祉士の本間啓祐さんが見せた反応は、面食らわされるものだった。意外と、感情表現が激しい人のようだ。
側にいる耳の遠い多恵おばあさんまでもが、ウザったそうに顔をしかめる。
「啓祐さん、どうかなさいましたか」
少し離れたところから、ヘルパーの中根百合子さん。心配そうに見ている。
百合子さんと同じ丸テーブルでお茶を飲む女性は、湯飲みを持ったまま手をプルプルさせている。けれどそれは恐らく、高齢のせいだろう。
「いえ、何でもないです。お騒がせして、申し訳ありません」
周囲の視線に気付くと、姿勢を正し、すぐさま方々へ頭を下げる。
目の前でキョトンとする二人の中学生には、体裁が悪そうに苦笑いを浮かべる。
「ゴメン、ゴメン。とんでもない話だったから、ちょっと驚いてしまって」
手で、後頭部を掻く。
亜沙乃南朋から聞いた話をした、直後の反応。
啓祐さんはよほど、正義感が強い人のようである。
「だけどそんな話は、あり得ないよ。社会の負担になるという理由で、健康問題を抱えるHPCの命を意図的に奪うだなんて。どこぞのならず者国家でもあるまいし、今の日本で許されるわけがない。尊厳死を偽装工作に利用するなんて、それはもはや、国家犯罪じゃないか」
ないないと言うように、手を横に振る。
「だけど日本は今、人口減少で経済状況がよくないから、税金を使って不要なHPCの面倒を見るのは大変っていうのも、わかる気はします」
「何を言っているんだよ、アイリちゃん。たしかにこの国には、問題が山積みだよ。だけどそれとこれとは、話が別だ。国策によって誕生した子供たちはみんな、どんな事情があろうとも、最後まで責任を持って面倒を見るのが国の務め。その責任を果たせないのであれば、そんなプロジェクトは即刻廃止した方がいい」
先ほどの反省もあってか、なるべく落ち着いた口調に努めるも、最後だけは一気に語気が強まる。
やはり子を持つ一人の父親として、無責任な対応は、断じて許せないよう。
「そんな話を本気で疑っているのだとすれば、マスコミは本当に愚かだね」
誰に向かってでもなく吐き捨てるように言い、首を横に振る。
「…あの、国のプロジェクトって、ひょっとすると、HPプロジェクトのことですか」
突如、離れた丸テーブルにいた百合子さんが立ち上がり、口を挟む。
聞き耳を立てていたようだ。
「え、ええ」
「あ、ちょっとゴメンなさい」
丸テーブルを囲む人たちに手刀で失礼すると、こちらの和の中へ入って来る。
心持ち、姿勢が前のめり。珍しい話題に、興味津々といった様子。
「そうですけど。百合子さん、どうかされましたか」
「ええ。それが、実は先日私のところへ、HPプロジェクトに関する妙な郵便物が届いたものですから。ちょっと、気になりまして」
「妙な郵便物」
「見たところ、HPプロジェクトに協力するドナーを対象とした、アンケート調査のようでしたわ。ですが私も夫も、ドナーになった経験はありませんので、どうしてあんなモノがうちへ届いたのかと、不思議に思っておりまして」
「…ああ」
啓祐さんが、天井へ視線を這わす。
「あれですか。あなたのところへも、届いたのですね」
「あら、それじゃあ、啓祐さんのところへも」
「はい。数日前でしたか。あれは恐らくランダムに発送された、今時珍しいアナログ式のダイレクトメールですよ。ドナーの方々個人へ、宛てられたものではありません。送り主は、聞いたことのない団体名でした。ひょっとすると、マスコミ関係者だったのかも知れません。きっと数をバラまいて、何らかの情報を得ようと試みたのでしょう。気にする必要はありませんよ。私も関係がないので、すぐに破り捨てましたから」
「ダイレクトメール…、まあ、そうでしたの。最近はそういった郵便物が届くことはあまりありませんから、私はてっきり、夫がドナーになっていたのかと…。本人は、否定しておりましたけど」
百合子さんはなぜか、拍子抜けしたように、ガックリ肩を落とす。旦那さんへの疑いが晴れたのなら喜んでよさそうなものだけど、ホッとするでもなく、右手を頬に当て、どこか物足りなげに顔をしかめている。
代り映えしない日常に舞い込んだプチスキャンダルが、よほど刺激的だったようだ。もしかすると、どこかにいるかも知れない「隠し子」でも、想像していたのだろうか。
主婦の心中とは、複雑である。
「啓祐さん。そのアンケート調査って、どういった内容が書かれてあったんですか」
今度はそれまで静かに傍聴していた大稚が、脇から口を挟む。直感的に何か閃いたのか、百合子さんと同様、興奮の面持ち。
あまりにも体を接近させたため、啓祐さんはやや背中を逸る格好となった。
「え…っと、それは…」
気まずそうにチラリと、こちらを見る。
HPCに関する話なので、気を使っているのだろう。
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