23 疑惑

「まさか…」

「尊厳死によって亡くなられた方々の情報は、年齢も性別も含め、プライバシー保護の観点から一切公開されていないでしょ。役所への死亡届も、病死とされるそうよ。だから国民が知れるのは、政府が公表している人数のみ」


 尊厳死を名目にして、不要なHPCの新生児を、殺処分。


「そんなこと、可能なハズがないわ。HPプロジェクトには、海外も含めた第三者機関が、目を光らせているのよ。ベプセルが現在何台稼働しているか、新生児がいつ何人誕生するか、すべてチェックされている。人数が合わなかったら、すぐにバレるわ」


 あり得ない。

 尊厳死には、医師の診断、本人の意思、未成年者は保護者の承諾が必要。

 それらすべてを、偽装するなんて…。


「恐らく誕生後しばらくは、病児であることを隠して養育し、頃合いを見て尊厳死させているんじゃないかしら。先天的な健康問題って、誕生後しばらく経ってから判明することもあるみたいだから、そういう子たちも含めて。自然に病死するのが一番いいけど、そう都合よくは行かないでしょ。口裏を合わせる医師だって、病児を殺すよりは、尊厳死にする方が多少は気が楽でしょうしね」

「…けど、誕生間もない赤ん坊を死なせるくらいだったら、出生前検査をして、誕生前に対処する方が、法にも沿うと思うけど」

「そうよね。でもベプセルの意図的な中断は、国の責任になるでしょ。国が胎児の生き死にを決めるなんて、あってはならないわ。幸い世の中には、尊厳死に賛成という人たちが大勢いるみたいだし、そっちを利用する方がいいじゃない。きっとドナーの方たちも、赤ん坊とは知らず、本人の意思ならと尊重して、承諾書にサインされているんじゃないかしら。もし事実なら、の話だけど」


 どうにも、腑に落ちない。

 そんな偽装工作のような真似事が、今の日本で可能なのだろうか。


 たしかに人為的に胎児の命を奪うよりは、尊厳死という形で対処する方が、人権派の人たちとのトラブルは避けやすいかも知れない。身勝手なベプセルの中断は、イメージが悪い。一方で尊厳死は、本人の意思だから尊重される。


 だけど、これは明確に、犯罪行為。

 事実なら、国家犯罪。


「まあ、今のはあくまでも、知人の仮説よ。新生児に関しては、まったく何の情報もつかめていないみたいだから、あんまり深く考えないで。それよりも本題は、別にあるの」

「本題は、別」


 何だろう。


「ええ。実は…」


 目を逸らし、眉をひそめ、言いにくそうに俯く。


「…何」

「知人は、殺処分されている可能性があるHPCは、新生児だけとは限らないって、言っているわ」


 地面に目を落としながら言う。


「それ、どういう意味」

「成長の過程で健康問題が発生し、経済的にデメリットの方が大きいと判断されたHPCはみな、尊厳死の下で殺処分されているんじゃないかっていう話よ。新生児と違って裏工作が難しいから、洗脳によって承諾書にサインさせられている可能性があるって。知人はむしろ、そちらの方の証拠をつかむために、今必死で調べているわ」

「そんな…、嘘でしょ。いくらなんでも…、そこまで酷いことは」


 身震いがした。そんな事実は、絶対にないと信じたい。


 けれど、そうは言い切れないある出来事が、ふと脳裏をかすめた。身震いがしたのも、その出来事と彼女の話とが、重なったためである。


「聞いた話でもいいんだけど、あなたの周辺に、体調を崩して突然音信不通になったHPCとか、いないかしら」

「…へ」


 心臓が、バクバクする。

 握り締めた手が、汗ばむ。


「…まさか、いるの」


 感情を表に出さないでいられるほど、まだ大人ではない。女優でもない。


 どうしようか。

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