22 殺処分

「私のことだったら、心配しないでね。何を聞かされても平気だし、全然気にしないから」


 不本意ながらも、さらに促す。


 じれったい。

 こうしている間にも、大稚がいつやって来るかわからないというのに。


「え、ええ。ありがとう」


 ようやく、眉間のシワを開放する。

 意を決したように、表情も引き締まる。


「それじゃあ、単刀直入に訊かせてもらうわね。あなたたちHPCコミュニティの中に、先天性の障がいや難病を抱える子たちって、どの程度いるのかしら」

「障がいや難病。…さあ、そういった子たちは、私の知る範囲にはいないけど。そういうHPCがいるっていう話も、聞いたことはないわ。どうして」

「それって、おかしいと思わない」

「おかしいって、何が」

「実はベプセルでも、人間の母体からと同様、何らかの異常によって、健康に問題を抱えて誕生する子が一定数いるらしいの。出生前検査も可能ではあるけど、HPCの場合は中絶、装置の中断ってことね、ありきが前提になるから、人道上問題ということで、行われていないそうなのよ。何十人、何百人かに一人の割合で、健康に問題を抱えて誕生するHPCは、確実に存在する。それなのに現実には、一人も存在していない。これって、おかしいと思わない」

「…はあ」


 なるほど。

 専門的なことはわからないけど、言われてみれば、たしかに妙な話ではある。


 けれど常識的に考えれば、そういった子たちはみな、保護施設のような場所で育てられているのが想像できる。さすがに高性能ヒューマノイドのHPであっても、障がいや難病を抱える子の育児は、困難に違いないからだ。


 それに無慈悲な言い方ではあるけど、多額の税金が投入されているHPプロジェクトが、将来的に生産性の低い子供までを、HPに育てさせるとは考えづらい。


 やはり保護施設などで養育というのが、現実的だろう。


「病児用の保護施設のような場所で、生活しているんじゃないかしら」

「そう思うでしょう。ところが全国のそういった施設をくまなく調べてみても、登録されている乳幼児や児童に、カタカナ名を持つ子はいないそうなのよ」

「それは、名前を漢字表記に変えているのかも知れないわ。だってカタカナ表記は、HPCだけに義務付けられているものだもの。一般人になるなら、必要はないでしょ」


 HPCの名は、HP法によって、カタカナ表記が義務付けられている。差別につながると懸念する声もあるが、一般人と区別することで、HPCの保護を行いやすくするというのがその目的。


 HP法が施行されて以降、一般人のカタカナ使用は禁止され、外国名の場合はアルファベット表記が認められている。それ以前にカタカナ表記を使用していた人たちは、維持もできるが、変更が認められている。


 南朋は、何が言いたいのだろう。

 マスコミが調べている件が何なのか、まるでピンと来ない。


「そうね。あなたの言うことは、正しいと思う。だけど世の中、そんなに甘くはないと思うの」

「…それ、どういう意味」

「健康的に生まれて来なかったHPC候補の新生児たちは、はっきり言って用無しである上に、財政上の負担でしょう。政府は一生、彼らを税金で養うのかしら」

「…亜沙乃さん、酷いことを言うのね」

「わ、私じゃないわ。知り合いのジャーナリストが、そう言ったの。勘違いしないでね」


 さすがに良心の呵責に駆られたのか、咄嗟に弁明する。

 先ほどのじれったさといい、根は悪い子ではないのかも知れない。


「もうまどろっこしいから、ストレートに話をさせてもらうわね」


 とうとう疲れたのか、開き直ったよう。

 肩を大きく上下に揺らし、ハアと息を吐く。


「要するに私の知人は、健康上の問題を抱えて誕生したHPCの新生児がみな、裏で殺処分されているんじゃないかって、疑っているのよ。尊厳死が隠れ蓑として、利用されているんじゃないかってね」

「殺処分」


 一瞬にして、背筋が凍りつく。想像を超えるあまりに衝撃的な話に、ただただ言葉を失う。


「そんな…」

 

 健康問題を抱えたHPCの新生児を、殺処分。

 尊厳死が、隠れ蓑。


 華やかな顔から、そのような恐ろしい話が飛び出すなど、一体誰が想像できただろう。

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