21 尊厳死

「実は今、知り合いのジャーナリストが、HPCに関するある件の調査をしていてね。私も、協力してあげたいって思っているの。彼はHPCと接触したいようなんだけど、あなたたちはまだみんな義務教育期間中だから、難しいでしょ。だから私が代わりに、いくつか質問をさせてもらいたいんだけど、いいかしら」

「質問…」


 ジャーナリスト。

 マスコミ。

 そういった類とは、一切関わりたくない。


 だけど、HPCに関するある件とは、一体何のことだろう。


「内容によるわ。私たちにも、いろいろと事情があるから」

「そんなに難しい質問じゃないわ。心配しないで」


 本来なら、二言返事で拒否すべきところだろう。マスコミは、信用できない。面白おかしく、あることないことを書き立てられては困る。


 でも…。


「それじゃあ…、私が答えられる範囲内で、よければ」


 ある件というのが何なのかが、どうしても気になる。


「よかった。ありがとう」


 南朋の表情が、パッと華やぐ。

 もはやプライベートではなく、業界関係者の目。

 そのジャーナリストとは、何か利害関係でもあるのだろうか。


「あ、動画も撮らせてね」

「顔は…ちょっと」

「大丈夫。公開はしないから。約束するわ」


 承諾もしないうちに、高級ブランドの革バッグから、キラキラに装飾されたスマホを取り出す。

 手元にセットすると、リポーターさながらの顔つきで、動画撮影を始める。


 やっぱり、拒否すべきだったかな。こういうのは、苦手だ。


 まずは、氏名と年齢を言わされる。


「それじゃあ、早速、本題に入らせてもらうわね」


 指の動きから、顔がアップにされるのがわかった。反応を、注視したいよう。

 表情には、気をつけないと。


「その…。訊きたいことっていうのは…、ね」

「…何」

「その…、え…と」


 カメラのピンとでも、合わないのか。勢いよく始めたわりには、なかなか本題を口にしない。

 どこか、躊躇っているようにも見える。


「人の尊厳死について…、なんだけど」

「…は」


 気を引き締めたつもりだったけど、無意識のうちに口がポカンと開く。


 尊厳死、とは、とんでもない言葉が出て来た。

 HPCとの関連性が、まったく想像できない。あまりの突飛さに、耳を疑うほど。


 カメラレンズに反射した光で我を取り戻し、慌てて口を閉じる。


「あなたは人の尊厳死について、ご存じかしら」


 南朋は目を合わせたくないのか、顔を横へ背けている。何となく、口にしづらそう。

 何をそんなに、躊躇っているのだろう。


「一応、知ってはいるけど…」


 小学校高学年の頃だったか。軽く、学校で教わった。

 尊厳死法はたしか、いろいろと条件を満たせば、本人の意思によって、自ら命を終わらせる選択ができるというもの。たとえば、病気の末期患者とか。


 まだ、合点はいかない。尊厳死とHPCとに、何のつながりがあると言うのだろう。

 マスコミは一体、何を調べているのか。


「それじゃあ、未成年のHPCが尊厳死を選択する場合には、どういった手続きを踏むか、については…」

「未成年の、HPC…」


 そこでようやく、接点の糸口が見える。


 南朋は言葉を濁すように、一つだけ咳払いをした。


「それは…」


 前言に反して、なかなか難しい話になって来た。


 たしか尊厳死の選択に、年齢制限は設けられていない。未来を夢見る幼い子供が、自ら命を終える選択をするのはちょっと想像できないけど、法律上不可能ではない。


 未成年者の場合は、医師の診断と本人の意思に加え、親権者の承諾が必要になっている。


 そして未成年者がHPCの場合は、少しややこしい。

 HPCの親権者はヒューマノイドのHP、ひいてはプロジェクトを運用する政府になる。そのため承諾書へのサインは、精子、卵子を提供した、ドナーに付託される手筈となっている。


 いよいよ、ワケがわからない。

 それが、どうしたと言うのだろう。


「ちなみに尊厳死が認められたケースは、毎年どのくらいあるか、知っているかしら」

「いいえ、知らないわ」

「数十件程度は、あるそうよ。ほとんどが高齢者って、言われているみたいだけど」

「そう。合法なのだから、別に問題はないと思うけど」

「そうね。それじゃあ、尊厳死を希望する人たちは、どういった状態にある人たちだと思う」

「それは…、致命的な病気で回復の見込みがなく、生命を維持することの方が、拷問になるような状態の人たちでしょ。難しい病気の、末期患者とか。高齢者が、将来重い認知症なんかになった時のことを考えて、事前に希望するケースもあるって聞いたわ」


 回答は、間違っていなかったと思う。


 けれど南朋は肯定も否定もせず、その後なぜかしばらくの間、口をつぐんだ。デリケートなテーマだけに、一応慎重に言葉を選ぼうとしているよう。


 時間が経つにつれ、眉間にシワが寄り、口がへの字に結ばれる。


「亜沙乃さんは、それだけではない…って、言いたいの」


 あえて水を差し向けると、肩が反応した。

 それでもなかなか、口を開こうとしない。


 尊厳死と、HPCとの関係。


 マスコミが調べていることとは、一体…。

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