20 芸能人

「あなた、楢野君のおばあさんをうまく利用して、そのうち公認の彼女になろうとしているんでしょ。純情そうな顔をして、なかなかの策略家ね」

「…は」


 策略家。なんという言葉を使うのだろう。一体どこから、そんな言葉が…。

 そう言えば南朋は以前、大河ドラマで武将の姫君を演じていたっけ。


「そういう地ならしに熱心な女優、私の近辺にもいるからわかるわ。演技もろくにできないくせに、プロデューサーに気に入られようと、色目ばかり使うバカな女」


 中学生…だよね。

 女優っていっても、まだ子役に近い感じだと思うけど…。


「そんなこと、していないわ」


 この早熟の芸能人は、間違いなく何か見当違いをしているようだ。芸能界という世界で生きていると、そういった駆け引きが日常茶飯事なのだろうか。

 あまりにも、世界観が違い過ぎる。


「誤魔化しても、無駄よ。純情そうな顔をして、計算高い最低な女ね。そういう女が、一番厄介」


 鼻でフッと息を吹きかけられると、さすがに神経が逆なでされる。

 随分と、失礼な物言い。


「あの…、ちょっと待って」

「楢野君は、随分とお人よしよね。あなたみたいな地味な子に、まんまと騙されるなんて。だけど、彼があなたの本性を知ったら、どう思うかしら」

「本性…って」


 嫌な言葉。この人が、何を知っているというのか。


「亜沙乃さん、勘違いしないで。私は楢野君のおばあさんや、施設の方々との交流を楽しみたいだけで、それ以外のことは何も考えていないわ。本当よ。楢野君が私に気を使ってくれるのはたぶん、私が…HPCだからだと思う。私には、人間の両親も、祖父母もいないから。あなたも知っての通り、彼は優しい人でしょ。人間の身内がいない私を哀れんで、同情心から誘ってくれたんだと思う」


 それは、いつも心に思っていたこと。

 大稚はうちの学校の男子とは違うと信じてはいるけど、彼がお人よしなのは、きっと事実。


「…へえ」


 するとどういうワケか、南朋の周りを取り囲む空気に、変化が生じた。熱量がハイからローへ切り替わったとでも言おうか。

 全身から突き出ていたトゲが奥へ引っ込み、代わりに柔らかいオーラがにじみ出る。

 まるでカメレオンのような、切り替わりの速さ。

 まだ中学生だけど、きっとこういう人を女優肌というのだろう。


「…そう。あなた、HPCだったのね。全然、気付かなかったわ」


 一転して、憂を帯びた眼差し。重みのある声音。


 憐れみだろうか。


「噂には聞いていたけど、HPCって本当に、見た目ではわからないものなのね」

「それは、私たちも普通の人間だから」

「そうだったわね。失礼なことを言って、ゴメンなさい。うちの学校にはいないから、慣れていなくて」

「いいの。気にしないで」


 誕生したのが人間の母体からではなく、ベプセルからというだけで、人間なのに変わりはない。


「…へえ、そっかあ。そうだったんだあ」


 早速、頭からつま先までを、無遠慮な視線がはう。初見の人は、いつもこう。


 慣れてはいるけど、やはり気持ちのいいものではない。


「あなたがHPCなら、ちょうどいいわ」


 一通り観察し終えると、瞳がキラリと光った。顔には、不敵な笑み。

 次の瞬間には、雑誌などで見る、愛らしい笑顔。


 嫌な予感。


「ねえ。HPCのあなたに一つ、お願いしたいことがあるの。ちょっと、協力してもらえないかしら」

「協力…」


 上目遣いで肩をすぼめ、顔の前で両手を合わせる。

 彼女はやはり、芸能界の人間だ。お願いの仕方をよく心得ている。


 ベクトルが完全に別方向へ向いたのか、大稚の件などすっかり忘れた様子。それはそれで助かるけど、男子なら一発でノックアウトされるに違いないこの猫目には、警戒せずにいられない。


「協力って、何…を」

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