19 美少女

 全身の動きが、金縛りに合ったように停止する。大きく吸い込んだ息も、吐き出すのを忘れてしまう。


 声の主は、例のなぎさ中の芸能人、亜沙乃南朋。一週間前大稚に告白したという張本人が、なぜか今目の前にいる。


 心臓が、バクバクし始める。

 芸能人オーラというか、圧が半端ない。


 けれど心臓のバクバクは、彼女の圧倒的な存在感だけが原因ではない。


 南朋はテレビや雑誌で見る愛くるしい姿とは、随分と印象が異なる雰囲気を漂わせている。敵意をまとった鋭い眼差しで、ギロッとこちらを睨みつけている。


 個人的に面識はないので、頭が混乱する。まるで蛇に睨まれた、カエルのような気分。


「あなた、その制服、さくら中の人よね」


 手元のスマホ画面を、勝手に覗き込む。

 画面は消えているが、間近に迫り来る顔に焦り、スマホを持つ手が緩む。


「そう…だけど」

「楢野君と、知り合いなのよね」

「へ…と」


 落とす寸前のところでしっかり握りしめ、そのままコートのポケットに突っ込む。


「ここで、何をしているの」

「何って…、別に」


 この人は本当に、実在する人間なのだろうか。思わず見惚れてしまうほどの、端正な顔立ち。ディテールに至るまでもが、芸術的に美しい。大きなセピア色の瞳は、まるで和製フランス人形のよう。瞬きをするたびに、長いまつげがパタパタ動く。もちもちの白肌は瑞々しく、丁寧に巻かれた栗色のツヤ髪からは、芸能人オーラが存分に醸し出されている。


「楢野君を、待っているんじゃないの」


 すっかり取り込まれてしまいそうになるも、一瞬にして目の前の現実に引き戻される。


「先週の水曜日も、彼と駅で会っていたわよね。タクシーから見えたから、どういう関係なのかしらって、気になっていたの。楢野君に訊いたら、ただの友人だって言っていたけれど」


 なるほど。そういうことか。


「そう。ただの友達よ」


 間違いではないけど、響きがちょっと切ない。

 それにしても、さすがは芸能人。学校への行き帰りがタクシーとは、豪勢だ。


「それじゃあ、デートではないってことね」

「もちろん」


 その言葉を聞くと、弱冠表情を緩ませる。


「なら、楢野君と会って、何をしているの」

「それは…。この先の高齢者施設におられる彼のおばあさんに、一緒に会いに行かせてもらっているの。ただそれだけよ」

「楢野君の、おばあさんに。どうしてあなたが、彼のおばあさんに会う必要があるのかしら」

「へ…と、私には、祖父母がいないから。楢野君が、気を使ってくれて」

「どうして楢野君が、あなたに気を使うの」


 畳みかけるような追及に、容赦はない。


「どうして…って、言われても」


 上手く説明できない。


 モデルもやっているだけあって、身長が結構高い。170センチ近くはあるだろうか。大稚とあまり変わらなそうだ。気を抜けば、上背の威圧感にも押し潰されそうになる。巻き髪までもが、威嚇する大蛇のよう。今にも飛び掛かって来そうで、怖い。


 とにかく大稚が来る前に、何とかしてこの場を切り抜けなければならない。

 彼女とここで顔を合わせるのは、彼としてもいろいろと気まずいだろう。


「…ふうん。なるほど」


 すると何を察したのか、南朋は意味ありげに目を細め、手を顎に添えた。


「わかった。そういうことね」


 納得するように、首を縦に二度上下させる。フレグランスの香りも、後に続く。


 否応なしに、警戒心が増す。


 そういうこと?

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