18 想定外
それから、一週間が経過した。
結局、その後どうなったかの報告は、まだ受けていない。
「アイリ、今日はボランティアって、お休みだっけ」
最後のホームルームが始まる直前、隣の席の小野妃都絵に声を掛けられる。
「うん。今日は水曜日だから、お休みよ」
「それじゃあ、良かったらこの後、うちの部に遊びに来ない」
「妃都絵の部に」
部活動に誘って来るとは、珍しい。
妃都絵が所属しているのは、たしか漫画部。漫画を描くのがメインらしいけど、漫画を読んで楽しむ時間の方が長いと、以前聞いたことがある。
「実は今、HPCを主人公にした漫画を描いているの。主人公の女の子は、遺伝子操作で誕生して、特殊能力が使えるっていう設定よ。人々を守るために、悪と戦うの。リアリティを出すために、HPCのことをもっと詳しく知りたいんだけど、協力してもらえないかしら」
HPCを主人公にした、漫画…か。一応、活動らしいこともしているようだ。
主人公にされるのはちょっと複雑だけど、悪役でないのなら悪い気はしない。
「協力するのは構わないけど、でも残念ながら今日は、この後予定が入っているんだ」
「ええ、そっかあ。残念。それじゃあ今度、ネームができたら読んでみてくれる」
「ネームって、何」
「ネームっていうのはね、コマ割りや人物、セリフなんかを、紙にラフに描いたものよ」
「へえ。わかった」
何だかよくわかないけど、少しでも創作活動の役に立てるなら、協力はしたい。
最後のホームルームが終了し、普段通り荷物をまとめる。コートとマフラーを身につけ、部活動の準備をするクラスメートたちを横目に、教室を出る。
駅に到着し、踏切を渡って反対側の改札口付近で、大稚が来るのを待つ。
頭上の時計はいつもと同じ、午後三時少し前。
駅は互いの中学校から同じくらいの距離で、だいたい中間地点にある。なぎさ中学校の方が弱冠近いけど、どちらが先に到着するかは、その時々による。今日は、先に到着した。
けれど今日に関しては、想定内。昼休みに受信したメッセージで、大稚は用があるから少し遅れると言っていた。だからいつもより、少し長めに待たないといけなそうだ。
ずっと立ったままだと体が冷えるし疲れるので、少しでも日の当たる車道側の花壇に、ちょっとだけお尻を預ける。
待ち始めてから、十五分が経過。なぎさ中学校の方角へ目を向けるも、大稚が向かって来る気配はまだない。スマホにも、メッセージの着信はない。
少しとは、どのくらいの時間を意味していたのだろう。
とりあえずメッセージを送り、もう少しだけ待つとする。三時半まで待っても来なければ、先に行くと伝える。
日が差しているとは言え、時折吹きつける冷たい風は、肌に当たると結構キツい。ずっと動かないでいると、体がどんどん冷える。
到着から二十分が過ぎた頃には、足がガクガクし始めた。このままだと、風邪をひいてしまいそうだ。
一旦場所を、移すべきだろうか。大稚の姿が見えづらくはなるけど、背に腹は代えられない。
仕方なく、信号を渡った向かい側の、コンビニ前まで移動する。コンビニ前はよく高校生がたむろしているため避けたかったが、幸い今は誰もいない。
すると、風よけのため自動販売機の脇に立った、その時だった。
待ちに待った、ポケットの中のスマホが鳴る。
急いで手に取り、確認。送り主は大稚。謝罪と、今こちらへ向かっている状況を示す犬のスタンプが、一つずつ押されてある。
よかった。どうやら、用事は済んだみたいだ。
了解のスタンプと、コンビニ前にいる旨を知らせるメッセージを打つ。
これでよし。後は、もう少し待つだけ。
「ねえ。あなた、今、誰にメッセージを送ったの」
メッセージ送信完了を確認し、画面を消すと同時に、前方から聞き覚えのある女の子の声がした。ふんわりと、甘いフレグランスの香りも流れて来る。
人の気配はなかったので、一体どこから現れたのかと思いきや、今しがたコンビニの駐車場に停車した、タクシーから降りて来たようだった。
「もしかして、楢野君にじゃないの」
「…へ」
きっと、心臓が止まりそうなほどという表現を使うなら、今だろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます