17 告白

「何…かしら」

「その…」


 なぜか気まずそうに目を逸らし、口ごもる。


「…女の子を傷つけずに、断るのって、どうすればいいのかな」

「断る…って、何を」


 何の話だろう。まさか、もう一緒に『ひだまり』へ行くのはやめて欲しいと、言いたいのだろうか。

 一体、どうして。

 ひょっとすると、女子と一緒に歩いているところを誰かに見られて、学校でからかわれているとか。そういったトラブルは、中学生にはよくある。


「…告白。彼氏になって欲しいって、言われたんだよね」

「…は」


 予想外の話に、思わず口がポカンと開く。


「こ、告白」


 言葉を完全に理解すると同時に、声が裏返った。平静を保っているつもりでも、人間不意を突かれた際には、感情のコントロールが乱れるものである。


 甲高い声は、乾いた空気に溶け込み、周囲の広範囲にまで行き渡った。すぐに両手で口を覆うも、時遅し。ちょうど側で電車が通り過ぎたのだけが、唯一の救いだろう。


「告白って、同じクラスの女の子から、されたの」

「いや、隣のクラスの子。芸能人みたいなんだけど、亜沙乃(あさの)なんとか…南朋(なお)さん、って言ったかな」

「亜沙乃南朋…、って、嘘でしょ」


 飛び出したのは、とんでもない名前。


 なぎさ中学校二年の亜沙乃南朋と言えば、芸能界でモデルや女優として活躍する、地元でもかなり知られた人物である。フルネームは亜沙乃Karen(かれん)南朋といい、父親がフランス人、母親が日本人のハーフ。芸能界では、KARENと名乗っている。ここ最近はクリスマスケーキのCMに出演し、愛らしく微笑む姿をTVでよく目にする。大きな琥珀色の瞳に、陶器のようにきめ細かい白肌が魅力的な、ユルカワ系美少女だ。


 言うまでもなく、男子の間では憧れの存在だろう。


 そんな地元のスーパーアイドルの目に留まるとは、大稚もなかなか隅に置けない。

 そう言えば転校当初、うちの学校でも女子たちが騒いでいたっけ。爽やかな外見に加え、好青年で垢ぬけた性格ともなれば、モテるのは当然とも言える。


「クラスが違うのに、どうして」

「購買で、よく一緒になるんだよね」

「購買…」

「一度他の男子に絡まれているところを、助けてあげたことがあって」


 なるほど。正義感まで強いときた。これでは、非の打ちどころもない。


 残念ながら、こちらからできるアドバイスは何一つない。そもそも好きな人にフラれて、傷つかない女の子なんていないだろう。


 それを伝えると、大稚は「そっか」とつぶやき、再び前を向いて歩き始める。左手で前髪を掻き上げる仕草が、何とも悩ましげ。


 断るつもりではいるようだけど、相手が相手だけに、コトが順調に進むのか疑問だ。

 今のところ本人は関心がないみたいだけど、油断はできない。あの愛らしい顔に泣いてせがまれでもしたら、どうなるかはわからない。優しい大稚のことだから、彼女を傷つけないためにも、承諾するかも知れない。


 だけど、それは困る。


 恋人ができたら、一緒に『ひだまり』へ行くのが難しくなる。いくらただの友人同士とはいえ、亜沙乃南朋は素直に承知しないだろう。


 こうやって、縦に連なって歩くのだって、もう…。


 悩まし気な背中を見つめながら、モヤモヤした頭で後に続く。

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