三 HPCの運命

16 背中

 何があったのだろう。


 午後三時少し前。

 大稚が浮かない表情で待ち合わせ場所の駅に姿を現したのは、空気が冷たさを増す、十二月初旬のことだった。


 毎週恒例の、『ひだまり』訪問日。お互い学校が五限目で終了する水曜日が、二人で一緒に『ひだまり』を訪問する日になっている。


 提案したのは、大稚。

 一人より二人の方が、多恵おばあさんも喜ぶ。それに「訪問日を決めておけば、毎週確実に会えるだろ」と言っていた。

 おばあさん思いの、いい孫だ。


 水曜日はボランティア活動がお休みなので、快く了承。むしろこちらからお願いしようと思っていたので、誘ってもらえたのは好都合だった。今となっては、週一回の『ひだまり』訪問が、楽しみで仕方ない。


 大稚は結局バスケットボール部には入部せず、代わりに週二回、学習塾へ通い始めている。塾は火・金曜日と聞いているが、昨日塾で何かあったのだろうか。


「楢野君、どうかしたの」


 大きな溜息が漏れたのを機に、一応訊ねてみる。

 丸まった背中からは、何か面倒な問題を抱えている様子が窺える。


「…いや、別に」


 素っ気なく答えると、俯く。どうやら、人には話しづらい内容のよう。

 学力や進路に関する悩み、そんなところだろうか。それなら話してもらっても、気の利いた言葉は掛けられない。


 幹線道路を渡り、先にあるコンビニ右手の道へ入る。隣に並んで歩けるほどのスペースはあるが、いつものように前後に連なって歩く。とくに理由はないけど、もはや習慣になっている。


 すっかり見慣れた、大稚の背中。ここ数週間で、少し大きくなっただろうか。いや、気のせいか。


 そんなことを考えていると、不意にスマホの着信音が響いた。鳴ったのは、大稚の上着ポケットに入っているスマホのよう。着信音からして、メッセージを受信したようだ。


 けれどなぜか、本人は手に取って確認しようとしない。


「楢野君のスマホが、鳴ったみたいだけど」

「…うん」


 指摘するとようやく足を止め、ポケットに手を突っ込む。渋々といった感じでメッセージを確認すると、悩まし気に輪を掛けるように、表情がサッとくもりを帯びる。


「楢野君、大丈夫」


 誰からのメッセージだろう。

 触れていいものかどうかわからないけど、何だか気になる。


「…ねえ。小園にちょっと、訊きたいことがあるんだけど」


 顔を上げると、沈んだ眼差しでこちらを見る。


 大稚は親しくなるにつれ、「さん」を付けなくなった。それはいいのだけど、いつもの爽やかオーラまでもが消えているのは、少し心配。

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