15 ボランティア(4)人権侵害
「ちょっと、なんて酷いことをおっしゃるのですか」
「大丈夫です。私は、気にしませんので」
社会的立場が弱い者の尊厳を否定する発言は、卑劣この上ない。
「でも…」
「いいんです」
「奴隷」「人権はない」。そんな低俗な言葉は、HPCに通用しない。
HPプロジェクトには事実、膨大な税金が投入されている。そのためHPCが攻撃対象にされる場面は、日常生活で多々ある。
弱者を攻撃対象にするのは、その人自身の弱さの表れに他ならない。
何を言われても、いちいち真に受けず、理解して聞き流すように。
両親から、そう教わっている。
逆に自ら、不満のはけ口になってあげるのも、社会貢献のうちだと。
だから、気にはしない。
「バカども、出て行け」
男性は悪態を吐くと、背を向けて胡坐をかいた。
ヘルパーさんはムッとし、何も言わず、買って来たビールをキッチン台の上に置く。そしてこちらに、目で合図を出す。指示を受け、衣類を散らかしたまま、一緒にアパートを出る。
これが男性をこれ以上刺激しないための、最良の方法。同時に、二人にとって最大の防御策。
ストレス値が上昇している人からは、距離をおくのが一番。
「ご迷惑をおかけして、すみません」
「アンタは悪くないわ」
「でも、怒らせてしまって…」
「大丈夫よ。来週行った時にはきっと、反省して大人しくなっているから。今は人手不足でしょ。ヘルパーが来なくなって困るのは、あちらさんなんだからね」
やはり現場を多く経験されている方は、高齢者のことをよくわかっておられる。
「セクハラまがいなことをする要支援者、たまにいるのよね。ジジイだから許されるとでも、思っているのかしら。本当嫌になっちゃう。でも、アンタは強いのね」
「私はHPCとして、いろいろなケースを想定した、教育を受けていますので」
「教育…。へえ。ねえアンタ、明日も私のアシストに入ってくれないかしら」
「明日は水曜日なので、ボランティア活動はお休みです」
「あら、そうなの。アンタは手際がいいし、度胸もあるから、いてくれると助かるんだけど。明日も男性が一件、入っているのよね。とくに用事がないなら、何とかならないかしら」
「明日は友人のおばあさんに会いに行く約束があるので、来られません」
「おばあさんに会いに。それは、お手伝いが目的かしら」
「いいえ。一緒にお話をしたり、楽しむのが目的です」
「そう。だったらこちらを優先して、キャンセルしてもらえない。木曜日に、変更したらいいじゃない」
「いいえ。毎週水曜日に会いに行くって、友人と決めていますので」
「…そう。まったく、個人の都合優先っていう規定は、どうにかならないものかしらね。そりゃあアンタたちはまだ中学生だから、強制できないのもわかるけど。だけどHPCは、社会貢献を目的として、存在しているわけでしょ。少しは臨機応変な対応をしてくれても、いいと思うけど」
「…すみません。でも明日は、元から活動が休みと決まっていますので」
明日の時間だけは、絶対に譲れない。楢野大稚と、多恵おばあさんや施設の方々と、何の気兼ねもなく心から楽しめる、唯一の時間。
断ると、ヘルパーさんは首を横に振って、溜息をついた。移動用の軽自動車に乗り込んだ後は、助手席側に一度も顔を向けない。
今日初めて一緒に仕事をさせてもらった人だけど、初対面の際に、挨拶すらしてくれなかった。事業所の所長さんから、事前に岡部さんと名前を聞かされていただけ。
こちらからは小園アイリとちゃんと名乗ったけど、終始「アンタ」としか呼ばれなかった。一回も、名前を呼んではくれなかった。
でも、気にしない。
「おつかれさまでした。失礼します」
一旦事業所へ戻ってから、自分の自転車に乗り換えて帰路につく。
本日のボランティア活動は、学校終了後の午後四時から七時までの、三時間。三件の高齢者宅を回った。
良くも悪くも、いろいろと学べた、充実した時間だった。
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