13 ボランティア(2)無茶な要求
そして、本日三件目。
三件目のお宅は、前の二件とは少し事情が異なる。住居は二階建てアパート一階の一室で、住人は六十歳代後半の男性。行政支援を受ける高齢者の中では比較的若い部類だが、腎臓の病気を患い、週三回透析通院をされているらしい。日常生活に大きな支障はないものの、肉体の不具合を訴えるため、要支援者としてヘルパー派遣の対象となっているそう。
前の女性お二方とは違い、男性は生活能力が著しく乏しいようだった。それは室内に入っただけでわかった。キッチンシンクは、スーパーやコンビニの弁当、カップ麺の容器などが埋め尽くしている。ビールの空き缶が床に放置され、服や下着が室内に散乱。バルコニーには、いつ干したのかもわからない衣類がぶら下がっている。
病気の影響か、たんなる怠け者なのかはわからない。ただ、週一回訪れるヘルパーに、身の回りの世話の多くを頼っているのは、間違いない。
「ゴミくずくらいは、ゴミ箱に入れてくださいね」
説教されても、「はい、はい」と適当に返すだけ。
アパートは、単身者向け1DK。すべてが生活活動範囲となるため、ヘルパーさんと一緒に掃除と片づけを行う。
「ゴミを分別してまとめておきますから、指定日にちゃんと出してくださいね」
ヘルパーさんは慣れた手つきで、手と口を同時に動かしながら作業を進める。
男性はスマホいじりに夢中で、耳を貸しているのかどうか不明。
病気はお気の毒だが、できることを自分でせず、他人に甘える姿勢は、人としてどうなのか。中学生にこんなことを思わせるのも、どうかと思う。
「アンタ、洗濯物を取り込んでくれる」
「はい」
「おい、お前」
竿にぶら下がっていた洗濯物を取り、室内へ戻る時だった。
スマホの手を止めた男性に、呼び止められる。
「何ですか」
「お前はボランティアだろ。ちょっとそこのコンビニまで行って、ビールを買って来てくれ。切らしてしもうた」
「ビール」
「ダメですよ。この子はまだ中学生ですから、お酒を買いには行かせられません」
「主人の使いだって、言えばいいだろ」
主人とは、随分な言い方をする。
「いいえ。違法なことはさせられませんので」
「うるさいのお。なら、あんさんが行って来てくれ」
「申し訳ありませんが、お買い物支援は今すぐ必要なお薬や、トイレットペーパーなどの生活必需品のみと決められております。それ以外のモノは、ご自分で買いに行かれるか、ネットで注文してください。いつも利用されているんでしょう」
「今日は午前中に透析で出掛けたから、足が疲れた。ネット注文は、届くのが明日以降になるじゃろ。それまでは待てん。ビールは薬みたいなもんじゃし、早く行け」
徐々にボルテージが上がり、語気も強まる。
さすがのヘルパーさんも、大きな声を出されると少し怯む。男性にキレられるのは、一番恐れているところだろう。高齢者とはいえ、その力は侮れない。
それにしても、腎臓が悪いのにビールが薬とは、おかしなことをおっしゃる。そもそもアルコールの摂り過ぎで、腎臓を壊されたのではないのだろうか。
「落ち着いてください」
「薬が切れたから、落ち着いておられん」
この様子だと、諦めそうにない。このままへそを曲げて暴れでもしたら、何をしでかすかわからない。
どうしよう。何とかしないと。
「あの…、私、行って来ます。コンビニでボランティアの腕章を見せれば、お使いとして、売ってくれるかも知れません」
活動中は、右腕にボランティアの腕章を付けている。お願いだけでもしてみて、ダメだったら諦めてもらおう。
「ううん…。でもアルコールは…」
「そうじゃ、そうじゃ。ほら、さっさと、コイツに行かせろ」
腕をグイっと引かれ、背中を押される。なかなか容赦ない。
出掛かった「痛い」という言葉は、なんとか堪える。
「…仕方ないわねえ。それじゃあ、私が買いに行ってまいります。本当は、ダメなんですけど」
とうとう、ヘルパーさんが折れる。コンビニまでは徒歩二、三分ほど。中学生のボランティアを行かせてトラブルになるよりは、自分が行く方が賢明と判断したようだ。
男性もにんまり。
「それじゃあアンタ、すぐに戻るから、それまでは一人でお願いね」
「わかりました」
ヘルパーさんは車を使って、すぐ近くのコンビニへ向かった。車で行くほどの距離でもないけど、一応職務外の行為にあたるので、早く済ませたいのだろう。
残された部屋で、取り込んだ洗濯物を畳む。
「あの、衣類はどこへしまったらいいですか」
「その辺に置いておいてくれ」
「はい」
言われたとおり、畳の上に重ねて置く。
「おい」
「はい」
置く場所がまずかったのかと思い、再び衣類を手に取る。
返事をしてから振り向くと、男性はニヤニヤしながら、じっとこちらを見ていた。
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