11 介護用デバイス

 エントランスを出ると、風は先ほどよりも冷たさを増していた。日もかなり傾いている。屋内にいたのはわずかな時間だったけど、秋は日が傾き始めると落ちるのが早い。


 周辺の街路灯に明かりがともり、地面の落ち葉を照らしている。風が吹くと落ち葉は、サラサラと寂しい音を立てている。

 日没が近づいている。


 少し遅くなったので、お互い、歩く速度が弱冠速まる。


 高台を下りる階段のところまで来ると、大稚は一旦足を止めた。


「小園さん。さっきは、ゴメンね。ばあちゃんが、変なことを言って」

「ううん、気にしていないわ。おばあさんは、認知機能に問題を抱えておられるみたいね」

「そうなんだ。たまにおかしなことを言うんだよね。口調は、わりとしっかりしているんだけど」


 申し訳なさそうに、首を垂れる。


「他人の空似なんて、よくあることよ。それよりも楢野君。さっき啓祐さんから、何を受け取ったの」


 気になったので、訊いてみる。


「ああ、アレは」


 表情が明るくなった。

 バッグの中に収めていた物体を取り出すと、手のひらに乗せる。


「コレだよ」


 ちょっと自慢げ。

 どうやらブレスレット状の、介護用デバイスのよう。


「将来こういうモノを作るエンジニアになりたいから、時間がある時に見せて欲しいって、以前からお願いしていたんだ」

「へえ、そうなんだ」


 両手首に嵌めてボタンを押すと、一定時間、およそ十倍の力が発揮できるらしい。

 こういったデバイスは、介護現場などで一般的によく利用されている。ただ使用には、安全上、免許が必要になっている。十四歳から取得できるその免許を、大稚はすでに所持しているそう。


 デバイスを見る瞳は、キラキラしている。

 本当に、大好きなんだな。


「見せてあげるよ」


 階段脇の茂みまで行くと、転がっている大きな石の前に立つ。石の重さは、三十キロくらいだろうか。


「ちゃんと見ていてね」


 バックルを開き、両手首に嵌め、電源を入れる。サイドについているボタンを押すと、緑色のライトが一つ点灯した。

 間もなくライトのドットが、三つ点灯する。それを確認してから、両手で石を一気に軽々と持ち上げる。


「どう」


 かなり誇らしげ。


 しばらくすると、ライトが点滅し始める。警告音が鳴ったところで、石を地面に下ろす。

 持ち上げていた時間は、十五秒ほど。


「すごいね。腕は、どんな感じなの」

「電流が走るような感覚だけど、痛くはないよ」


 無邪気な笑顔。

 エンジニアを目指しているということは、彼は理系か。ちょっとした収穫。


「何なら、小園さんを階段の下まで運んであげようか」

「へ」


 けれど、無邪気にもほどがある。


 体が近づき、手が背中に回る。


「あ、あの。十五秒では、無理なんじゃないの」

「大丈夫だよ。効力が切れても、落としはしないから」


 それは、そうだろうけど…。逆に、落とされたら傷つく。


「心配しないで」

「いや、あの」


 こちらの気も知らず、試したくてうずうずしている様子。お姫様だっこでもする気だろうか。


 申し訳ないけど、実験台にされるのは、丁重にお断りした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る